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5話 祓い屋をやる理由
外はもう暗くなくなりかけていた。完全下校時間も近くなっていて、牧村先生から早く帰宅するようにと促され、わたし達は彼女に会釈をし、帰路に就いた。遅い時間帯ということもあって、また潤一さんに家まで送ってもらうことになった。また恵さんにごはんに誘われてしまう可能性があるため近くまでで大丈夫ですと伝えると、本当ですかと確認されてしまった。昼休みのこともあり、心配するのもわからなくもない。正直、今でも恐いというキモチが消えたわけではない。思い出すだけでも震えが止まらなくなる。だから送ってもらえるのはありがたいなと感じている。
自転車をわたしのとなりに潤一さんは足並みをそろえて歩いてくれている。彼がとなりにいてくれるだけですごく安心する。
「文乃さん」
「は、はい!」
「昼休みは本当にすみませんでした。壮馬のことはまかせてほしいと言っておきながら」
「いいんです。潤一さんが悪いわけではないですし」
「しかし…」
「甘いモノが食べたいです。潤一さん、わたし甘いモノが食べたいです」
突然の提案に、潤一さんは驚いた表情を浮かべたけれど、すぐに笑顔になって「わかりました。近くにおいしい和菓子屋さんがあるので一緒に行きましょう」と言ってくれた。和菓子というチョイスもなんだか潤一さんらしくておかしくなってしまう。フフフと笑うと潤一さんは不思議そうに笑っていた。
和菓子屋さんに向かう際に、わたしはふと気になったことを聞いてみた。
「あの潤一さん、一つ聞いてもいいですか?」
「なんでしょうか?」
「どうして家業を継ごうと思ったのですか? 継がないという選択肢もあった
はずなのに」
「そうですねぇ…」
潤一さんの少し悲しさを含ませた微笑みかたに、触れてはいけないところを触れてしまったようで後悔した。わたしだって触れられたくないところはあるクセに何をやっているのだろうか。うつむいていると潤一さんにやさしく頭を撫でられてしまった。
「大丈夫ですよ。すみません」
「いえ。触れてはいけないところでしたよね」
「家業を継ぐ覚悟したきっかけでもあるので大丈夫です」
「本当ですか?」
「えぇ」
潤一さんは静かに息を吐いた。
まるでキモチを落ち着かせているようであった。決断したように潤一さんはわたしを見て話しを始めた。
「僕には文乃さんと同じぐらいの妹がいたんです。大人しくていつも僕の背中に隠れるような子でした。妹は僕とは対照的にはっきりと視える力が強かったです。だから祖父と父は兄妹で協力して祓い屋をやってほしいと思っていたらしいですが。でもある日事件が起きたんです。妹が殺されたんです。僕の目の前で。黒い霧のようなモノをまとった男に。そのとき、僕自身祓う訓練も受け始めていましたし、必死で守ろうとしたのですが、力不足で死なせてしまったんです。悔しかったですね。もっと自分に力があれば、守れた命だったのに。そのときにより継がなければと思いました。妹のことを守れなかった分たくさんの人を守りたい救いたいと思いました。もちろん成仏できない人達にも安らかに逝けるように」
自転車を停め、悲しみにくれた潤一さんを抱きしめた。
いつもこの人に守られてばかりだ。自分に力がないばかりに壮馬さんに狙われてしまった。あのときだってそうだ。わたしに視る力だけではなく、守れる力があれば同級生がいなくならずに済んだのかもしれない。悔しくて仕方がなかった。幼かったときの潤一さんもそうだったのだろう。自分の力不足で妹さんを死なせてしまった。どれだけ自分を恨んだのだろう。どれだけ悔しかっただろう。わたしには想像がつかない。今のわたしには潤一さんを助ける力はない。でも支えたい。もっと潤一さんに頼ってもらえるようになりたい。
「本当にやさしい人ですね。文乃さんは…」
「そんな…こと…ないです」
「だって僕のために泣いてくれているじゃないですか」
「潤一さんが苦しんでるのに…、わたし…甘えてばかりで」
「そんなことないですよ。僕は文乃さんに助けてもらってばかりです。文乃さんがいなければ祓い屋の仕事をこなすことも出来ないんですよ。僕の力不足なところです」
わたしは首を横に振った。
わたしは視ること以外はずっと守られてばかりなのだから。むしろ助けてもらっているのはわたしのほうだ。
「わたし、もっと潤一さんのことを支えられるようになりたいです。もう身近の人を失いたくはないんです」
「文乃さん」
潤一さんはやさしく頭を撫でてくれた。
彼の手の暖かさを感じながら、わたしはポロポロと泪を流していた。
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