Ⅱ コンスタンツェ

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Ⅱ コンスタンツェ

 ケルントナー通りの両脇に、瓦礫の山が広がっている。瓦礫の山に覆いかぶさるように、無数のテントが張られている。赤いテントや東洋風の柄のはいったテント、様々な色彩にあふれ、遠目には華やかな光景だが、実体はあらゆる場所から盗んできたボロ布の接ぎ合わせだ。中にいても、雨が降ればずぶ濡れになると聞いた。そういうテントの中に、数百という難民たちが暮らしている。テントを持たず、瓦礫の陰や路上にうずくまるだけの者も多い。瓦礫の間を汚水が流れ汚物が山をつくり、耐え難い悪臭が充満している。  ここの住民の多くは、パーヴェルツイーク家の農園で働いていた小作人たちだ。異教徒の軍勢が迫り、味方の軍隊に畑を踏み荒らされ、城壁の内側に逃げて来ざるを得なかった。  貧しく、市民登録も受けていない農民たちは、差別されているわけではなかったが、優先順位の最も低い人々だった。何百人いるのか誰も正確に把握していない彼らは、水や食料の配給を十分に受けられていなかった。  若い男ならば兵士や労働者にもなれたし、若い女ならば肉体を商品にすることもできたが、子供や老人や、病気や怪我の者は、誰にも求められていなかった。彼らは路上で雨に打たれながらうずくまっているか、盗んできた酒で酔っ払って寝てしまうぐらいしか選択肢がない。  コンスタンツェは、そんな人々の真ん中に立って、神の国や死後の救済について説く。彼らが必要としているのはそんなものではないだろうと知りながら、彼女は他にできることを知らない。  コンスタンツェは二十二歳、尼僧。もとは、パーヴェルツイーク家の令嬢だった。      昼日中にネズミが、路上にうずくまって鼻をひくつかせている。  近づいても逃げようともしない。  杖で殴りかかればその瞬間にぱっと走り出すことは知っていたが、コンスタンツェにはそんな無意味なことをする体力がなかった。十分に食べてはいないのだ。  数週間前から、ネズミの姿が目につくようになった。急に増えたように感じていた。  廃屋の影に穴が掘られ、死者は埋葬されもせずにそこに投げ込まれている。夜になるとおびただしい数のネズミがそこに群がる。人間たちがやせ衰え、次々と死んでいく中で、ネズミばかりが肥え太っていく。  ネズミが疫病を媒介するらしいことを、コンスタンツェは聞かされていた。   一度ペストが流行れば、この街はあっというまに滅びるだろう。  そんなことを考えていたとき、誰かに低い位置から袖を引かれた。  ほとんど裸の、十二歳ぐらいの少年だった。 「どうしたの?」  かがんで、視線の高さをあわせて尋ねると、 「もうすぐ死ぬ」  ぼそりと、うつむいたまま少年は言った。 「おとといから何も食ってない。ぜんぜん動かない。じいさまはもうだめだって、みんながそう言っている」  コンスタンツェは少年を抱きしめた。ひどい臭いがしたが、それは気づかないふりをした。 「おじい様のところに、私を案内してくれる?」  少年が驚いた顔をして、コンスタンツェを見つめた。   救ってくれるのか?  そう問いかけているのだ。  コンスタンツェは、目をそらさず、何も言わず、ただ微笑んでみせた。  救えるわけではない。   終油の秘跡。  彼女が知っているのは、気休め程度の意味しかないと知っている、その儀式だけだ。
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