Ⅰ エルフリーデ 1

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 砲声で目覚めた。  救護施設の事件から、数日経っていた。 あれから、雨は六日間振り続けた。赤痢が流行りつつあるらしい。下水が溢れたりしているのだろう。  戦争がどうなっているのかはよくわからない。爆音が近づいたり遠ざかったり。傷病兵が増えたり減ったり。そんなことでしかわからない。  夫の顔は、もう半年近く見ていない。南の城壁で指揮をとっている。そう聞かされているが、それとて本人の口からではない。無事でいるらしいが、手紙一つくるわけではない。 (私には、それだけの価値がないということだ)  エルフリーデは、つつましい朝食をつつきながら思う。  実際、たいしたことは何もしていない。  朝食をとりおわったところで、伝言が差し出された。  バルタザール。あの男からだ。  フロイデンベルクの未来にかかわる、重大な話をしたい。  そう書いてあった。    男は、ベッドの上で上半身を起こしていた。半裸であった。その肉体の汗を拭いている若いメイドは、顔を赤らめている。  なめし皮のように日焼けした、薄いが強靭そうな皮膚だった。矢傷、刀傷。拷問のあととしか思えない凄惨な傷跡もある。  夫の身体はギリシャの英雄じみて太く分厚かったが、この男の肉体は野生動物のように細くしなやかだ。  バルタザールは、エルフリーデが部屋に入ってきても平然としていた。  エルフリーデも、男から目をそらしたりはしなかった。胸の奥では心臓が跳ねるように脈打っていたが、それを顔にだしたりはしなかった。 「さっそくお運びいただき、感謝します」  微笑を浮かべ、男は言った。  メイドは小さく頭を下げて出ていった。 「あなたには命を救っていただきました。お礼を言われるには及びません」  自分の笑みがぎこちなくなるのを感じながら、エルフリーデはすみれ色の瞳を見つめた。 「どうか、おかけになってください」  男が椅子を指した。主導権を握られている、そう感じた。 「あなたは、警告と仰っていましたね」 「はい」 「そのことについて、まずお話しいただけますか」 「悪魔が、この街で蠢いています。魔女や悪魔憑きが、このフロイデンベルクに溢れています。私は、それらと戦うために来ました」
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