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砲声で目覚めた。
救護施設の事件から、数日経っていた。
あれから、雨は六日間振り続けた。赤痢が流行りつつあるらしい。下水が溢れたりしているのだろう。
戦争がどうなっているのかはよくわからない。爆音が近づいたり遠ざかったり。傷病兵が増えたり減ったり。そんなことでしかわからない。
夫の顔は、もう半年近く見ていない。南の城壁で指揮をとっている。そう聞かされているが、それとて本人の口からではない。無事でいるらしいが、手紙一つくるわけではない。
(私には、それだけの価値がないということだ)
エルフリーデは、つつましい朝食をつつきながら思う。
実際、たいしたことは何もしていない。
朝食をとりおわったところで、伝言が差し出された。
バルタザール。あの男からだ。
フロイデンベルクの未来にかかわる、重大な話をしたい。
そう書いてあった。
男は、ベッドの上で上半身を起こしていた。半裸であった。その肉体の汗を拭いている若いメイドは、顔を赤らめている。
なめし皮のように日焼けした、薄いが強靭そうな皮膚だった。矢傷、刀傷。拷問のあととしか思えない凄惨な傷跡もある。
夫の身体はギリシャの英雄じみて太く分厚かったが、この男の肉体は野生動物のように細くしなやかだ。
バルタザールは、エルフリーデが部屋に入ってきても平然としていた。
エルフリーデも、男から目をそらしたりはしなかった。胸の奥では心臓が跳ねるように脈打っていたが、それを顔にだしたりはしなかった。
「さっそくお運びいただき、感謝します」
微笑を浮かべ、男は言った。
メイドは小さく頭を下げて出ていった。
「あなたには命を救っていただきました。お礼を言われるには及びません」
自分の笑みがぎこちなくなるのを感じながら、エルフリーデはすみれ色の瞳を見つめた。
「どうか、おかけになってください」
男が椅子を指した。主導権を握られている、そう感じた。
「あなたは、警告と仰っていましたね」
「はい」
「そのことについて、まずお話しいただけますか」
「悪魔が、この街で蠢いています。魔女や悪魔憑きが、このフロイデンベルクに溢れています。私は、それらと戦うために来ました」
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