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この時代、魔女や悪魔憑きは迷信と考えられてはいなかった。それは現実的な社会問題だった。異端審問や魔女裁判は日常的に行われていて、悪魔に忠誠を誓った者たちが数多く処刑されるのもあたりまえの光景だった。そうしたことに疑問を持ち、異議を唱える者は、ごくわずかだった。ただ……
「今は、戦時です」
エルフリーデは言った。
異端審問は多大なコストを要し、社会に軋轢を生む。国民が一丸となって異教徒と戦わねばならないときに、歓迎したいことではなかった。
「戦時だからこそです」
バルタザールは言った。
「おそらく悪魔の策動は、異教徒たちの動きとつながっています。密偵を送り込むのと同じ。そしてあなたも見たはずです。あの救護施設で、悪魔憑きというのがどんなものか」
すみれ色の瞳で、男は言った。
すると、エルフリーデは思い出した。
あの時、男が悪魔憑きに向かって十字架をかかげた姿を。虚空を割って天使が現れ、悪魔憑きに向かって炎の剣を振り下ろしたことを。
「魔の眷属がどれほど危険なものか。ああした存在が市中に潜伏していることが、戦争の遂行にとってどれだけ障害となるか。聡明なあなたならおわかりのはずです」
「それは……そうです。異端審問は……必要です」
「異端審問は、神の正義を遂行することに他なりません。それを疑う者、邪魔をしようとする者は、神の名のもとにとりのぞかれねばなりません」
「……もちろんです……あなたの仰る通りです……」
「アーベントロート家は全力をあげて異端審問を支援するべきです。女王の名のもとに、フロイデンベルク全体が異端審問の力となるべきです」
「アーベントロートは全力をあげて異端審問を支援します。女王の名のもとに、フロイデンベルク全体が異端審問の力となります」
「女王との面会をとりつけ、異端審問所の設立を進言してください」
「承知しました、バルタザール。あなたの仰る通りに」
あとになって振り返ってみると、どうしてそんな会話の流れになったのか、うまく思い出せなかった。そのときは、熱にうかされたような気分だけがあった。
だが確かに、救護施設での事件のようなことが繰り返されれば、重大な社会不安を生む。間違ってはいない。
自分の判断は間違ってはいない。
エルフリーデは心の中でそう繰り返した。
そうして、バルタザールとともにジークリンデに会うべく、馬車の用意をさせた。
何もかも、あの男に要求されたとおりに。
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