第二十章 天狗の子守歌 五

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 朝、目覚めてみると、間近に朽木の整った顔があって、驚いて飛び起きそうになった。だが、狭い車内だったので、慌てて朽木が抱き寄せた。 「おはようございます」 「おはよう、朽木」  朽木は先に目覚めていたのだが、俺の寝顔を見ていたらしい。  俺は朽木が先に起きていたので、幾分、安心した。この朽木は、とても寝起きが悪く、そして寝惚けも凄いのだ。 「朝食を作る。それから、朽木が言っていた神社を確認してくる」  俺が車の外に出ると、昨日、車を囲っていた闇は無く、清々しいまでの朝だった。そして、顔を洗うと、簡単な朝食を作った。 「匠深は…………」 「朝、電話で確認すると、匠深は家に帰っていました」  そもそも、匠深が出掛けた事も家族は気付いていなかった。 「…………そういうものか」  一晩中、匠深は自分を囲っていた鬼達と、激しい性交を続けていたのだろうか。その体力は、本当に鬼だ。 「今は、それは、まあいいか…………それよりも、場所の確認」  しかし今は、匠深の状況をどうこうしている段階にない。 「そうですね」  朝食を済ませると、朽木は遊んでいた場所を説明してくれた。 「この山の全部が、俺達の遊び場でした。何故か俺達は、生まれた時から体が丈夫で、大人よりも体力があり、天狗と呼ばれる程に、身体能力が高かった」  それは朽木兄弟だけではなく、ハンザの兄弟も同様で、ハイハイから驚異的に動いていたらしい。唯一違っていたのは匠深で、生まれた時から病弱だった。 「俺とハンザは、小学校低学年の時には、菓子を買う為に、この山を越えていました。ここ、流石に頂上付近は険しいのですけど…………」 「既に険しいけど……」  今も、朽木は道だと言って、垂直に近い岩場を登っていた。しかも、手を使わずに、足だけで登っているので、普通の道だと思っているのかもしれない。 「この道が修験者の作ったものとされていて、所々に修業した場所があります」 「これは、道か?鹿だって、もう少しまともな道を通るぞ……」  道と言われても、崖に少し筋があるだけではないのだろうか。当たり前に朽木が歩いているが、横を見ると切り立った崖で、落ちたら死ぬような高さだ。  修験者は、わざと命に係わるような道を通り、死を身近にさせる事で、生きている事を自覚させていた面もあるという。確かに、これだけ道が細かったら、神経を集中させていないと危険だろう。
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