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「もー!このまま、降らないでよね〜」
「マジ、頼む〜!」
カースト上位たちは、窓の外に向かって言い放つと、カバンを持ち上げて教室を出ていった。一気に静かになる部屋。これでやっと、落ち着いて活字が追える。ふぅと小さく溜息をついて、再び、文字が織りなす世界へと旅立つ。ページをめくるために、ゆっくりと指を動かした。一回、二回、三回……物語も、いよいよクライマックスに入ってきた。そう思ったとき、ガラッと教室のドアが開いた。
「あっ、わりぃ」
どっぷりと物語に浸かる前、聞こえた声に、反応して活字を見放す。ちょっぴり合った視線で、いつも蝶たちに囲まれている人気者だと分かった。あまり関わりのない自分。いいえと、一言、返すだけで精一杯だった。
「それ、面白い?」
悪いと言ったわりに、図々しくも、彼は自分の隣に座る。興味もないだろうことに首を突っ込み、人の時間を邪魔するなんて。まとわりつく蝶たちが嫉妬したとしても、こちらは願い下げだ。返す言葉はないと、視線を本に戻す。
「昨日発売されたヤツだろ?俺、まだ、買ってねぇんだ」
自然と視線が彼に戻る。なぜ、彼のような人間が、こんなマイナーな文庫本の発売日を知っているのか、買おうとしているのか。驚きが、顔を押し上げたのだ。
「このシリーズ見つけたの、ちょっと前でさ。今、図書館で前作まで借りてて、半分ぐらいまで読んだ」
手元にある本を羨ましそうに見つめる彼の眼に、外見だけで、返事を決めてしまった自分を恥じた。
「で。新刊は、まだ、図書館には出てねぇから、今から、買いに行こうと思ってんだけど」
ふと、本にある視線が消える。消えた視線を追うように、彼を見れば、期待を込めた眼が窓の外を見つめていた。そこで、思い出す。騒がしかった今日の昼休みを。カースト上位たちが、彼を遊びに誘っていたことを。彼が、それを承諾した、いや、今なら分かる。彼が、それを、嫌々、承諾したということを。
「雨、降ってくんねぇかな」
傘がないから、濡れるから、片頭痛がひどいから、早く帰れと言われているから。雨粒を糧にして、断れる口実が作りやすい。その上、派手な服、映えるデザート、流行りの歌を求める彼らは、書店には足を運ばない。つまり、当初の予定に戻ることができるということ。
「もうちょい、待ってれば、どうだ?」
いけるか?と席を立ち、窓枠を掴みながら、彼は、空を見つめている。段々と厚く暗くなっていく雲と、淡い期待を持つ背中に、思わず、声が出た。
「もう少し、まっ、待てば、雨降ると思う」
「マジで!っしゃ!」
振り向きざまに、見えたのは、今、一番、望んではいけない、太陽の姿。そして、その眩しさが心に降り注ぎ、起こった化学反応は。
「あ、あと、降るまでに、よ、読み終わると思うから、貸そうか?」
小さな勇気だった。
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