65.綺麗な世界ではなかったの

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65.綺麗な世界ではなかったの

 片手の指の数だけあるんだよ。どうしてだろう、メリクは終わりと言った。僕、もう一つも見たい。がちゃがちゃして、うるさい世界なんだって。  どんな場所なのかな。どきどきしながら振り返ったら、メリクは額を押さえて下を向いてしまった。そんなに嫌なら、僕はいいよ。我慢できる。しょんぼりしながら舟の縁に触れた。ちょっと撫でていたら、その上にメリクの手が重なる。 「いいよ、見に行こう。だけど綺麗な世界じゃないから、嫌だったらすぐ言うんだぞ」  気分が悪くなるかもしれない。メリクは僕を心配する。僕のために行かないとしていた? 嬉しいな、胸がじわりと暖かくなった。  小舟は進む。気づいたら、舟の両側に羽が出ていた。鳥の羽に似ているんだ。撫でると動くんだよ。精霊もいっぱい付いてきて、僕達の周りはきらきらしていた。  ダンッ! いきなり大きな音がして、僕は耳を両手で塞ぐ。ぱちくりと目を瞬いたら、メリクの声が伝わってきた。音はもう聞こえないようにしたみたい。びっくりした、大きい音だったな。  舟の下を見ると、知らない場所だけど……建物がいっぱいだった。それもすごく高いの。空を飛んでいる僕達に届きそうだ。細長くて高い建物に、人がいっぱいいた。音が聞こえないのに、ざわざわする感じ。 「見ても楽しくないだろ」 「うん……」  綺麗な虹や滝もないし、果物だってない。お月様が照らす砂の風景みたいに静かでもなかった。眉を寄せた僕は、なんだか怖くてメリクに抱きつく。ここは嫌な感じがした。あのお屋敷の人達みたいだ。 「そうだな、だから帰ろう」  ぱちんと指を鳴らしたメリクが、僕を抱っこしたまま立ち上がる。舟の上だから揺れると思ったけど、平気だった。目を両手で覆った僕は、隙間からこっそり覗く。 「もう大丈夫だ、ほら」  言われて、もう少し隙間を大きくした。下に森の緑があって、ここは果物を選んだ森みたい。同じ匂いがする。くんと鼻を動かす僕に笑って、メリクは頬にキスをくれた。  森の中でにょきっと大きな一本に近づいて、その上に舟を止める。抱っこした僕ごと、するすると降りていった。街へ買い物に行くとき、崖を降りるみたいに。ふわっと浮いてるの。 「ここで泊まろう」 「うわぁ」  お部屋になっていた。森の木なのに、中にお部屋があってベッドもある。今のお家の部屋くらい広かった。床は木で、壁も木、天井はなくてお空が見える。でも半分くらいは葉っぱだよ。 「ツリーハウスって呼んでる。お気に入りなんだ」  メリクの好きな場所に、僕を連れてきてくれたの? すごく嬉しい。抱きついて、ありがとうと大好きを繰り返した。お風呂はないけど、メリクが指を鳴らして綺麗にする。果物をたくさん食べて、僕とメリクは並んで寝た。  にゃーがいないのは寂しいけど、天井のないお部屋はわくわくする。お空は星がいっぱいで、まるで精霊が光ってるみたい。明るくて、でも優しい。ぼんやりと見ていたら、メリクの手がぽんぽんと背を揺らした。  気持ちいい。それに眠くなってきた。僕はメリクにぎゅっとして、目を閉じた。
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