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72.夢ということにしよう(絶対神SIDE)
笑顔で花を摘むイルは、昨夜の記憶を夢として処理しているらしい。ルミエルも気づいたようで、あれは夢だったと強調するために笑顔を振りまく。
「メリク、あかいのすき?」
「ああ、イルも赤が好きで嬉しいぞ」
「ルミエルは?」
「私はこの黄色の花が好きよ」
花を摘むたびに「ありがとう」とお礼を心で呟く愛し子の穢れなさに、俺は頬が緩みっぱなしだった。こうして一緒にいるだけで、浄化されていく。イルのお陰だった。他の愛し子に比べて力が強いのか、浄化の量が多い。汚れた世界を浄化するより、俺と一緒に笑ってくれる姿の方が好ましかった。
花瓶に入れる分だけ花を摘むイルの横で、シアラが白い花を揺らす。鼻先で突く姿に、イルは「これも」と白い花を花瓶に加えた。自分の好きなピンクや赤も詰め込み、少し窮屈そうだ。こっそり花瓶の形を変更してしまった。折角選んだ花が入らないと、イルが悲しむだろう。
「この花瓶はどこに置くの?」
ルミエルの質問に、手を繋いだイルは身振り手振りを交えて説明する。長い文章はまだ苦手なイルだが、感情や言葉は豊かになりつつあった。いずれ、話す単語が追いつく。その前の愛らしい姿を目に焼き付けた。
『絶対神の一柱を消したという話は、本当ですか?』
「ああ、リザベルなら封じたぞ」
完全に消してしまえば、残る一柱が黙っていない。その配下はとにかく数が多く、鬱陶しい事態になるのは分かり切っていた。絶対神の恩恵に与ろうと、配下になりたがる神は大勢いる。俺は選んだ精鋭のみだが、アイツは来る神拒まず受け入れた。そのため数だけなら圧倒的だ。
リザベルは逆に一切受け入れなかった。過去のトラブルが原因だが、今回はそれが悪い結果を生んだ。己を守る盾となる存在も、代わりに戦う剣となる神もいない。結局が自ら抗戦する羽目に陥り、攻撃に特化したシュハザやゼルクに負けた。彼の攻撃はルミエルにすべて弾かれる。
『やり過ぎではありませんか』
不安です。そんなシアラは、猫らしい仕草でクシクシと顔を洗った。すっかり猫姿が気に入ったようで、このまま通す予定らしい。抱っこできる腕がない猫なら、イルの近くにいても許せる。意外と抜け目ない奴だから、その辺も計算尽くの可能性はあるが。
「……イルを排除すると言われても、か?」
『封じるなんて温いですね』
一瞬でシアラの意見が反転した。自分の愛し子ではないし奪う気もない。しかしシアラの心情は、母親に近いものがあった。ただひたすらに愛情を注いで、健やかな成長を祈る。そこに我欲は一切ないのだ。シアラなら複数の世界を管理する上級神になれるだろう。
だからこれは俺の本心だ。
「戻ってきても退ける自信がある。それより……この世界、いずれ破綻するぞ。人族は排除しておけ」
奴らは必ず、どの世界でも滅びの楔となる。他種族を差別し迫害し、世界を蝕む病のような連中だ。忠告を聞いたシアラは少しばかり困ったような顔をして、反論せずに頷いた。
『ええ、あなたが仰るならそうでしょう。でも愛おしいのです』
その愚かさすら、愛しいと感じる。シアラの呟きに、俺はそれ以上何も言わなかった。並んで家に戻ると、花瓶はテーブルの中央に置かれている。ルミエルと一緒に手を洗って戻ったイルを抱き上げた。
「おやつにしよう」
用意していた焼き菓子を花瓶の近くに並べ、ルミエルを椅子に座らせる。隣で膝に乗せたイルの黒髪にキスを落としながら、仲良く菓子を頬張った。
「にゃーも!」
イルが手ずから与えようとする菓子を奪い、代わりに皿に盛った菓子を差し出す。残念そうな顔をする三毛猫だが、文句を言わずに皿の菓子を齧った。そう、それでいいんだ。イルから貰おうなんて、世界二つ分は早い。
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