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74.イルを攻撃するなら敵だ(シアラSIDE)
花瓶の花を摘む。最近のイルの日課だった。家から見える場所まで、メリク神がそう注意する。少しばかり花の成長を促した。蕾がぽんぽんと花開く。
「あかときいろ、しろ」
色の名前を呟きながら、イルは花を摘み始めた。晴れており、近くに危険な動物の気配もない。まあ、何かが近づいても離れていくだろう。ここには神が二柱もいるのだ。そんなことを考えながら、私は目を伏せた。
ここしばらく、世界の管理に手を抜いた。穴埋めに意識を向けた油断が、駆けつけるのを遅らせる。
「お前のせいだぞ!」
叫んだ声と、侵入された痛みに顔を顰めた。飛び起きた私の目の前で、イルに詰め寄る神が一柱。赤毛に緑瞳……リザベルの関係者か? 配下はいないが、弟子入りしたいと騒ぐ神がいたはず。
曖昧な情報しか持たないことに、自分で腹が立った。駆けつけて、赤毛の神に攻撃を仕掛ける。しかし一足遅かった。イルに光の槍が突き立てられる。あれは神々にとって激痛を生む武器だ。己の神格と魂の一部を利用して作る方法は知っているが、誰も試さない。
危険な武器を手に突き刺され、泣き叫ぶイルを思って悔しさに眉を寄せる。きょとんとした顔のイルから届くのは、ちくっとした程度の感想だった。痛くはないらしい。事情はよく分からないが、失敗作かもしれない。
飛びついた男神を威嚇し、この世界から排除するための力を練る。イルの対であるメリク神が駆けつけ、防御を担当するルミエル神も怒りをあらわにした。どうやって入り込んだのか。
この世界を管理する私にさえ、現れるまで気づかせなかった。誰かが裏で絡んでいる。それを探るのは、メリク神に任せよう。大切な我が子同然のイルに攻撃した愚か者を、徹底的に叩きのめす必要がある。
怒りは、視界を赤く染めるほど強かった。光の槍は精霊達が砕き始めたが、待っていられないとメリク神が抜く。その手が焼け爛れ、本来の威力を発揮した。本来はイルがあの痛みを味わったのだ。そう思えば、手加減する気はなかった。
弾き飛ばされ、炎を叩きつける。そのままルミエル神と協力して、外へ追い出した。世界に開けられた穴を補修する。ルミエル神の呼びかけに反応したのか、周囲に強力な神々が集う。
シュハザ神、ゼルク神、サフィ神……ルミエル神を加えた四柱は、それは惨い方法で赤毛の神を引き裂いた。消滅寸前の神格を私の世界に譲ろうとしたので、断る。
「イルを傷つけた神格は敵です」
凛と言い放った私に、ゼルク神が「よく言った」と褒める。同時に、シュハザ神が握った神格を潰した。どの世界の糧にもならず、ただ消滅する。神としてもっとも重い罰だった。
この罰を与えられれば、復活はほぼ不可能だ。イルを傷つけるなら当然と受け止める私に、集まった神々はにやりと笑う。立ち去り際に、私の肩を叩いたり頭を撫でて去った。
これは……もしや、認められてしまったのか? どこにも属さずやってきたが、これからはアドラメリク神の取り巻き扱いされるのだろう。イルと引き剥がされるよりマシか。溜め息をついて、三毛猫の姿で家に戻った。
手を伸ばす愛らしい幼子に撫でられ、ごろりと腹をみせる。触れる手に傷がないことに、心から安堵した。
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