(2)

1/1
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

(2)

 私と夫は家柄のみで決められた政略結婚だった。大和(やまと)の国で暮らす華族であれば、取り立てて珍しいものではない。それでもそれなりの関係を築くつもりでいた。誰が好き好んで冷えきった夫婦仲になることを願うだろうか。  元々一人娘として婿を取る予定が、年の離れた弟が生まれたおかげで急遽嫁に行くことになった私。この年になって婚約者を選び直した訳あり女をもらってくれる相手など、自分以上に訳ありでしかないことにどうして思い至らなかったのだろう。  祝言の日、夫はおもむろに小声で「お前を愛することはない」と言った。それは、三三九度を交わす直前に言わなければいけない台詞だったのか。蔑ろにされることに慣れていたはずの心がつぶれた気がした。おそらく私はあのときにすっかり壊れてしまったのだ。 「わたしには別に愛する女がいる。正妻としてお前を娶ったが、それは家の存続に必要だったからだ。わたしは、お前を必要としていない。今後、こちらを煩わせることのないように」  大和の国は、神との距離がとても近い。だから偽りを誓うことなどできなかったと言えば聞こえはいいが、おそらく夫は自分の心に嘘をつきたくなかったのだ。  そして男が妾を囲うのは当然と考えている人間は残念ながら多い。ここで騒ぎ立てれば、叱責されるのは私ひとりだけ。  だから耐えた。この世で一番幸せな花嫁に見えることだけを考えて、静かに微笑む。  いびつな笑みを浮かべたものの、傍目には御しやすい貞淑な花嫁に見えたらしい。夫の両親は満足そうにうなずいていた。  滞りなく初夜が行われたことだけは幸いだった。政略結婚なのだ、夫の子どもを産むことができなければ、私は役立たずの烙印を押されることになる。実りの有無は畑の問題とは限らないけれど、こんな時に槍玉に挙げられるのは大抵嫁のほうなのだから。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!