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今日も地べたにはいつくばり、ただ空を見上げている。どうしてここにいるのかさえも思い出せないが、おそらく雨乞いの贄として差し出されたのだろう。雨を乞うために捧げられたと思われる供物が、そこかしこに転がっていた。
一体どんな罪を犯したのか、この井戸の底から離れられぬまま、雨が降るのをただ待っている。
――……――
何かを言いかけて、口ごもる。大切な何かを忘れてしまった。目の端に小さな女の子が見えたような気がしたが、振り返らなかった。探せば消えてしまうのは、もう十分に理解していた。けれどおずおずと手を握られたような感触がして、そっと繋ぎ返してみる。
雨乞いのために井戸に投げ込まれるような女だ、覚えていなくても己の所業がわかるというもの。そのような鬼畜が母であるはずがないから、小さな女の子ははぐれた母を求めさまよい、私の元に迷い込んだのだろう。愛おしく、あまりに哀れだった。
ふと、すぐそばにすり鉢状の小さな穴が開いていることに気がついた。穴の底では、砂色の虫がうごめいている。
蟻地獄だ。この不恰好な生き物は、大人になると薄衣のような羽で空を飛ぶことができるらしい。まるで極楽に向かう天女のように美しいそうだ。
成虫になればもはや死ぬばかりだとわかっていても、天へと昇りたいものだろうか。それでも空は美しいのだろうか。私にはわからない。ただ、ここにいなければいけないと思うばかりだ。
ぎらぎらと照りつける太陽に目がくらむ。いっそ私を焼き尽くしてくれたらいいのに。
どうして、雨が恋しいのか。
どうして、雨が愛しいのか。
喉が渇いてたまらない。遠い空をただじっと見上げる。目の端にうつる子どもに、一口でいいから水を与えてやりたかった。
雨はまだ、降らない。
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