大和川決壊未遂

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妻はO駅前のスーパーでレジ打ちのパートをしている。彼女としても俺への愛情はとうに無いが、おれの稼ぎがなかったら暮らしていけないので離婚したくないだけだろう。 回覧板を持ってきたおばはんが、おれの顔をじろじろ見て、うすく笑っていやがる。よくできたしっかりした妻と、何もしないぐうたらな夫、という風に近所の連中には見られているらしい。よく喋る妻がパート仲間におれの悪口をふきこんでいるのだ。妄想ではない。道で会う、妻と仲のいい奥さん連中がみな、にやにやしながらおれの顔を見ている。 毎朝ニュースを読む。家族間殺人事件がゴシック太字で浮き出て、おれの目に飛び込んでくる。妻の首を絞めたあと練炭自殺に見せかけたとされる容疑者。仕事で使う劇薬を妻に飲ませて殺したとされる容疑者。 不謹慎だが、おれには彼らの気持ちがわかる。わかるぞ……! 一緒にいるのがいやでいやで、でも離婚もできなくて、我慢に我慢を重ね、どうしても、耐え切れなくて、一線超えちゃったんだよな。中には保険金目的の奴がいるかもしれないが。 こう言うとなんて酷い奴と思われるかもしれない。だが殺す側、殺される側、犯人を追う警察、3者の心情が理解できないと作品は書けないと、さる高名な小説家がどこかで言ってたんだからな。
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