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「お前の行動がただの死に急ぎではなく、死んだ父親の無念を晴らしたいのだとういなら、俺の言葉に従え」
ヒカリを見下ろす視線は真剣そのものだ。その言葉には不思議と逆らえない響きがあった。
バドルがどういうつもりなのかもわからない。犯罪者であるこの男のことを安易に信用してはいけない。けれど「嫌だ」と口にすることが憚られた。自分は、バドルを恐れているのかもしれない。返事の代わりに、ヒカリは喉を鳴らした。
わかるな、と念押しされて、ヒカリは少し迷ったあと男の雰囲気に気圧されるように頷いた。無鉄砲に王宮に突っ込む以外、己に術がないのも事実だった。
「よし、いい子だ」
バドルの目元がふっと和らぐ。
「子ども扱いするな」
頭を撫でられて、ヒカリがその手を払おうとした時、代わりに派手なくしゃみが飛び出た。
「大丈夫か?」
笑いを含んだバドルの声が訊ねる。ヒカリは王宮への侵入時に池でずぶ濡れになったままだった。緊張から麻痺していた冷たさが、今になって襲ってくる。この地域は昼と夜の温度差が激しい。日中は四十度を越すことが当たり前なのに、日が沈んだ今は二十度を下回っている。
「早く帰って着替えろ」
命令口調なのに、バドルの声は冷たくは聞こえなかった。
「三日後、今と同じ時刻にここに来い。作戦を立てる。誰にも見つからぬようにな」
ヒカリは無言でこくりと頷いた。
「風邪をひくなよ」
バドルはその言葉を残して、ヒカリに背を向け去っていった。
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