第2話

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 沈んでいきそうな気持ちを引き上げるように、不意に大きな手のひらが柔らかく肩を叩いた。甘く爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。バドルがつけているものだろう。この辺りで暮らす者にとってコーヒーと同様に欠かせないのが香だ。ヒカリも薔薇油をつけている。バドルから漂うのは、不思議と安心する柔らかな香りだった。 「よく見せてくれ」  そっと顎に添えられた手が、ヒカリの顔を上へ向かせた。バドルの端正な顔が真正面から覗き込んできて息を止める。 「綺麗だな。まるで黒曜石のようだ」  真顔で囁くようにそう言われて、ヒカリは思わずどきりとする。  ヒカリには友人と呼べる存在がいない。幼い頃から、日本語の名や、黒い瞳、日に焼けても赤くなるだけですぐに冷めてしまう肌をからかわれ、邪険にされ、この年まできた。  レムーダの民は髪は茶や金色、瞳は青や緑が殆どだ。髪も瞳も真っ黒のヒカリはどこへ行っても浮いていたし、聞こえよがしに「気味が悪い」と蔑む者もいた。  だから、そんな風に言われたのは初めてだった。照れ臭くて、それでも嬉しかった。反応に困って硬直するヒカリに、バドルは安心させるように微笑んだ。柔らかい眼差しにつられて、ヒカリは少しだけ表情を緩ませる。随分久しぶりに笑った気がした。それを見つけたバドルが目を細める。くっきりした二重の、青い瞳がすぐそばにある。その深い青色こそがまるで宝石のようだとヒカリは思った。
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