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◇ ◇ ◇ ◇
結局その夜はヒカリの話をするだけで別れた。あんなに人と会話をしたのは随分久し振りのことだった。バドルとはまた三日後、同じ時間、同じ場所で待ち合わせをして別れた。
バドルと会った帰り道、その長い道のりを歩くさなか、心の中のどす黒いものがほんの少しだけ薄れているような気がした。
バドルがヒカリに与えてくれたもの。芳しいコーヒーと美味しい食事。いつか目にしたいと思っていた母の故郷の話。ヒカリの虹彩を綺麗だと言った声。絶望感や憎しみしかなかったヒカリの中に、真逆の感情が滲む。
その夜ヒカリは父を喪くして以来、初めて深く眠った。恨みの呪詛を連ねて朝を向かえることもなく、悪夢にうなされて飛び起きることもなかった。
ベッドから起き上がろうとした時、扉の向こうで微かな物音がした。
「まさか」
ヒカリはベッドを飛び出し、一目散に外へと向かう。案の定家の前には以前と同じ木箱が置いてあった。ヒカリはそのまま走り出して周囲を確かめる。しかし誰の姿も見つけられなかった。
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