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相手は一人だ。今ならまだ逃げられるかもしれない。そう思うのに、足が竦んで動けなかった。
「子供か? こんなところで何をしている?」
低いけれど滑らかな声音が聞こえて、ヒカリは竦み上がった。硬直したまま口を開かないヒカリに、男はゆっくりと近付いてきた。
「今夜はやけに騒がしいと思ったら、原因はお前か?」
反射的に後ずさろうとしたが、背中はすぐに背後の柱に行き当たった。
「見たところ王宮の人間には見えないが、お仲間か?」
「……仲間?」
咄嗟に出した声はみっともなく震えていた。 近くに来てようやく、男の身なりを認識した。細身だがしっかりとした骨格の背の高い男だった。膝上まである黒い絹の上衣を腰布で縛り、下は白地のサルエルパンツ。頭にはターバンを巻き、口元は薄布で覆われていて顔の殆どが隠れていた。見るからに不審な男だ。しかし今のヒカリにとっては、相手が宮殿の警備にあたる兵士ではなかったことに、安堵の気持ちの方が大きい。
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