神からの贈り物

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鼻を吹き抜ける湿った風。 帰ってきた——。 目を開けずとも感じた、爽やかな風に乗ったあの子の気配。 「いつまでそうして寝てるんだい?」 懐かしい声でそう尋ねられ、僕は目を開けた。 「良いじゃないか、少しくらい。久々に来たんだから」 そう返せば、彼はにっこりと笑って答える。 「そうだね。僕もとても君に逢いたかったよ」 「またここに来れて、君に会えて僕も嬉しいな」 「君、向こうではもう32だろう?まだ僕って言ってるのかい?」 そんな風に茶化してくるが、僕は至って正論を返す。 「だって僕、ここでは8歳のままだから」 「それもそうだね。君がここに初めて来てからもう3度目の今日だから」 何度来ても、幼くなることもこの世界の時間の感覚にも慣れない。 「今日は何して遊ぼうか?」 「えー、もう少し話そうよ」 「時間が無いんだよ。分かってるだろう?」 そう、彼の言う通り時間は無いのだ。 でももう少しだけ彼とただ話しをしていたかった。 「それなら、この場所に来れるのも今回が最後なんだから。あっちにいる子の相手をしてあげてよ」 そう言いながら、彼が指差したのは自分と同じかもう少し小さいような気がする男の子だった。うずくまっていて顔は見えない。小さな啜り泣く声と肩の震えで泣いているのがよくわかる。 「なに?また僕より後の新しいのが来たの?」 「そうなんだ。最近多いんだよ。君がくるまでに他の子が3人ほど送ってくれたんだ」 「じゃあ、僕も道標になってあげないとね」 「ありがとう。これがきっと最後になるから」 「うん。僕も助けてもらったから」 そう答えてうずくまっている男の子の元へ向かう。 「ねえ、君の名前教えてよ」 そう言えばゆっくりと顔を上げた相手と目が合う。 「僕の名前??僕の名前はね、———って言うんだよ」 「そっか、———。良い名前だね」 すると彼は先ほどまで泣いていたとは思えないほど満面の笑みになって言った。 「でしょう?!僕のお母さんがつけてくれたんだ!!……でもお父さんがお母さんのこと追い出しちゃって、僕いつも痛いの痛いの飛んでけって。……してるのに全然お母さんがいた時みたいにならないんだ」 満面の笑みからやがてまた泣きそうな顔になる。 「そっか……。辛かったね。でももう大丈夫だよ。なんてったって、これからは僕が守ってあげるから!」 「お兄ちゃんが??」 「うん!そうだよ。まずはたくさん遊ぼう!ここではやりたいこともなりたいものもなんでも叶うんだよ!」 そういえば彼は目を輝かせて勢いよく答えた。 「じゃあ僕はパイロットになりたい!!」 「なれるさ!君が強く願えば!そしたら僕を乗せてくれるかい?」 「もちろん良いよ!」 彼が目を瞑って両手を組むと徐々に着ていた衣服がパイロットの装いへ変わる。 何度見ても不思議だ。他にも美味しい食べ物や生き物が出てきたり、奏者や億万長者になった子もいた。 「その願い——忘れてはいけないよ」 子供の姿が徐々に薄くなってサラサラと消えていく。互いに手を振り合って、彼が完全に消えるまで僕は笑顔で手を振り続けた。 「今回は早かったね」 「そうだな。願望がはっきりしていたから」 「そろそろ雨が止む。君も……さよならだね?」 「早いもんだなぁ。もう俺も32か……歳だなぁ、そう思わないか?仏さんよ」 「ふふ、老けたね。君も僕も。さ、もう本当に自分のいるべき場所へ帰りなさい」 「……やだなぁ、俺はまだ死にたく無いよ」 そう言いながら32歳の俺はサラサラと消えていく感覚を噛み締める。 神に笑顔で手を振りながらも、涙が一粒流れた。
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