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日曜の朝。俺のちっぽけな願いなどむなしく、空はからりと晴れていた。 しぶしぶ江振公園へ行くと、みんなすでに集合していた。 「おーい、遅いぞ!」 花谷が俺に向かって手を振りながら叫ぶ。 ゆるめの白いTシャツに細めのブラックデニムにスニーカー。イケメンってやつは選ぶ服もイケメンだ。 ユリはなんとまぁ小花柄のワンピース姿。こいつがスカート履いたのなんか制服以外見たことない。一応、女子に見える。 そして松井は、袖が短めのTシャツに細身のデニムにサンダル。髪を後ろで一つに結んだうえにベージュのキャップを被っている。花谷と並んだらさぞかしお似合いだろう。ユリには悪いが。 早速花谷が持ってきたバドミントンセットで、みんなでバドミントンをした。花谷松井ペア対俺とユリペア。ユリの「なんでアンタなのよ」の視線がイタイ。 なんだかんだで白熱した戦いになり、スカしたユリのラケットが俺の尻にヒットして、俺以外笑う。休憩しようと飲み物を買いに行く花谷(ジャンケンで負けた)にユリがべったりついて行く。 「そこに尻があるなんて知りませんでした~」じゃねぇ、謝れっつの。 ポツポツ、腕に落ちてきた水滴。 空を見上げると同時に、大粒の雨が降ってきた。雨は瞬く間に勢いを増す。ゲリラ豪雨ってやつなのか、一瞬でずぶ濡れになりそうなほど。 俺と松井は慌てて近くの屋根付きテーブルベンチまで走る。 屋根の下。松井とふたりきりになったことも無ければ、まともに話したこともない。どうしたものかと視線を泳がせていたら、松井が小さくクシャミをした。 初夏とは言え、雨に濡れたら少し肌寒い。俺は羽織っていた半袖シャツを脱いで、黙って差し出した。なんだか照れくさい。松井が「ありがと」と言ってそれを受け取る。俺はそこまで背が高いほうでもないけれど、華奢な松井が羽織ると俺のシャツは大きく見えた。 「だいぶ濡れちゃったね」 被っていたキャップを脱ぎ、束ねていた髪をほどいて指でとかす松井。 ふと、視線がかち合う。どきっとした。雨に濡れた黒い髪が、色素の薄い茶色い瞳が、白い肌が、俺に何かを訴える。 「座ろう。きっと、すぐやむよ」 そう言われて、俺たちはなんとなく人ひとりぶんくらい間を開けて座った。このひとりぶんが、近いような、遠いような。松井のいる右側を見られない。 猛烈な勢いで降る雨。さっきまでみんなでバドミントンをしていた場所にはところどころ水たまりができている。 「花谷くんって、私のこと好きだよね」 突拍子もなく言われ、俺は目を丸くして松井を見る。 「なんとなくわかる。でもユリ、花谷くんのこと好きでしょう。私、誰も傷つけたくない。どうしてみんなそんな簡単に、好きになったり好きじゃなくなったりできるのかな」 そのへんは俺にもわからない。「うーん」とだけ、言っておく。 「どうせいずれ好きじゃなくなるなら、最初から好きにならなければいいのに。バカみたい」 噂で聞き知ったことでしかないが、松井は2回ほど、親の都合で苗字が変わっている。恐らくそのへんが関係していると思われた。 「簡単にバカになれる方法、あるよ」 俺が言うと、松井がどうやって?と聞く。 「俺と結婚したらなれるよ。大場加奈子(おおばかなこ)」 沈黙。 あれ?俺はもしやとんでもない失言をしてしまったのでは?何か取り繕わねばと口を開きかけた瞬間、松井が吹き出した。 「なにそれ、バカ通り越して大バカになっちゃうじゃない……!」 腹を抱えて笑っている。松井が笑うのにつられて、俺も笑う。 松井が大笑いする顔はそこまで美しくないことに気付いたけれど、今まで教室で見ていたすました顔よりは、華があって良いと思えた。 ふと、花谷と結婚したら花谷加奈子(はなやかなこ)になれるな、と思いつく。名前までお似合いかよ。松井に言うと、これまた笑う。そりゃあ、華やかなほうがいい、だってさ。よかったな花谷。 少しずつ雨脚が弱まってきた。やみそうな雨を残念に思う。 その理由に、俺は気付かないふりをした。 <了>
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