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「俺、松井のことが好きなんだ」
花谷からそれを聞いた俺は一瞬固まった。イケメンで、勉強ができて、小学校の頃のあだ名は出木杉くんで、江振中学校野球部のエース。その花谷が、クラスのマドンナ、松井加奈子のことを好きなんだと言う。なんだソレ、漫画かよ。お似合いすぎるだろ。
「今度の日曜、ダブルデートセッティングしてくれないか?俺とお前と、松井と佐々木。4人で」
「え、なんで俺が」
「お前、佐々木と幼馴染だろ。佐々木と松井は仲がいいし。頼む!」
花谷は良いヤツだ。テストの問題の解き方がわからないと言えば教えてくれ、持ってきた給食費を失くしてしまった時は一緒に探してくれ。授業中具合が悪くなってゲロを吐いてしまった奴がいた時は、真っ先に雑巾を持ってきて片付けていた。
そんな奴の頼みを、断れるはずがない。
教室で俺は佐々木ユリを呼び出し、日曜、江振公園へ行こうと告げた。
「えっ!花谷くんと!?アンタたまにはいいことしてくれるじゃん!行く行く!」
ユリが目を輝かせてはしゃぐ。
「いや、あの松井も誘って」
「なに!?加奈子のこと好きなワケ!?加奈子とアンタじゃ釣り合わないと思うけど」
「いや、俺じゃなくて」
「いいからいいからそういうの。とにかく日曜、江振公園ね。加奈子にも伝えとくから!」
ユリはクラスの女子集団の中へと嵐のように去って行った。まったく。あいつはだいたい人の話を最後まで聞かない。
ひとまず日曜の約束は取り付けたわけだが、非常に厄介なことになりそうだった。つまり花谷は松井が好き。ユリは花谷が好き。俺はユリに松井を好きだと勘違いされている。でも俺は花谷を応援しなきゃいけなくて――。
ああ、面倒くさい。
だいたい好きだのなんだのって、何をどうしてそんなことがわかるんだろう。確かに松井は可愛いと思う。でも、好きかと聞かれてもわからない。というかよく知らない。ユリのことは好きだ。昔から人の話は聞かないしお節介だし口も悪いやつだけど、明るくてサッパリしていて。
けどその「好き」と、花谷やユリの言う「好き」とは違う、と思う。それは理解している。
とにかく面倒くさい。明日雨が降りさえすれば、江振公園へ行ってバドミントンして云々はすべてパーだ。
降らないかな。雨。
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