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二者
いろいろあった週末も明けての昼下がり、未来は、実家に電話をかけた。
久しぶりに聞く母の声は、変わらず明るい。
「お母さん、私。未来。元気にしてる?」
「ああ、未来。私もみんなも元気よ。紬も相変わらずだったでしょう?帰ってきてからも、大騒ぎだったのよ。」
楽しそうに話す母から、紬のはしゃぐ様子が容易に想像出来て、未来も笑った。
「あなたも相変わらず忙しそうね。土曜日も仕事なんて。」
母の言葉に、すぐに返事をすることが出来なくて、
未来は電話を持ったまま唇を噛んだ。
「未来?」
名前を呼ばれて、ハッとした未来は、話すつもりはなかった、青島のことを口にした。
「仕事じゃないの。紬ちゃんには言えなかったけど、仕事じゃなかったの。」
未来の返事に、母は戸惑った様子だったが、すぐに何かを察したようだった。
「そう。まあ、あなたが幸せなら、それでいいのよ。」
「うん。」
「そうは言っても、やっぱり心配ねぇ。大丈夫?仕事はやりにくくないの?」
「うん、大丈夫。今度、帰った時にちゃんと話すね。」
楽しみにしている、と言う母の返事を聞いて、未来は電話を切った。
家を出てからも、毎年、お盆の時期だけは、帰ることにしていた。
顔も覚えていない実の父と、そして母と自分の3人をつなぐ、唯一の時間のような気がしていたからだ。
母はとても明るい人だ。
父が亡くなった時の母の悲しむ様子も、未来は記憶にないから、未来が思い浮かべるのは、いつだって笑っている顔だ。
そう言った意味では、紬は母にそっくりだ。
そうだとしたら私は父に似ているのだろうか、と未来は思った。
母や紬のような底なしの明るさを、私は持ち合わせていない。
未来は初めて、父のことを身近に感じた気がした。
今度、帰ったら、母と話したいことがたくさんあるな、と未来は思った。
青島とのことも、こんな形で伝えてしまったが、言ってしまえばすっきりして、良かったのかもしれないと思った。
母は、未来が会社を辞めたことを知らないから、あんな風に言っていたが、青島にしたって、そこまで義理立てする必要はないのに、元部下とつき合っていることに対しての責任感からだろうと、未来は理解していた。
そんなことを考えていると、目の前のパソコンに1件のメールが届いた。
差出人は、過去に母に紹介したことのあった男の名前が表示されている。
「さあ、仕事しなきゃ。」
未来は気持ちを切り替えるようにそう言って
『道田創太』からのメールをクリックした。
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