第二章 初恋の味を知らないモガとモボ

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第二章 初恋の味を知らないモガとモボ

 美琴と未早矢との間に婚約が成立した。両家とも何度も見合いをしても婚約が成立せずに困っていた子女同士である故に喜びも有頂天外のもの。欣喜雀躍とさせるのであった。 これから二人は結納の儀までの間、交際を重ねることになる。  今日はその逢引(デェト)の一回目である。二人はお互いに父親に言われておめかしを行うのだが、どれだけ着飾ってもどうもスッキリとしない。 そこで、お互いに父親の目が離れた隙に思い思いの格好をするのであった。 美琴は女中の長命子(ながこ)に叫んだ。 「モガで行く! ワンピースの用意を!」 未早矢は使用人の栄一郎(えいいちろう)に叫んだ。 「モボで行きます! 背広を用意しなさい!」 待ち合わせ場所は銀座の歌舞伎座前、そこでお互いにに乗ってきた車から降りて対面した瞬間、二人は「ああ、やっぱり」と納得したように笑い合うのであった。 「美琴さん。良くお似合いですよ、赤いワンピース。真珠(パール)首飾(ネックレス)と紅白になっていて実に目出度い」 「未早矢さんこそ、白い山高帽子(ボーラーハット)に灰色の洋羽織(ジャケット)にセーラーパンツが実にモダンでいらっしゃる」  徳永崎家使用人の栄一郎は仲睦まじい二人を微笑ましい目で見つめていた。栄一郎は未早矢の父親である徳道とは主君と近習の関係にして同士である。 お互いに背中を預け維新と西南戦争の剣林弾雨を潜り抜けた間柄でもあり、命を預け合う親友関係。その絆は実の親子や兄弟よりも深い。  それ故に未早矢のことも「同士の娘」として心から愛していた。その未早矢が見合いに何度も失敗して「行き遅れ」になるのではないかと心配していたのだが、美琴と言う婚約者が出来たことで心から安堵した。 栄一郎は見合いの後に鷹小路家へと単身出向き、美琴と顔合わせをして何度も手をついて「未早矢様は男勝りなところはありますが、最高の器量良しで御座います! どうか! どうか! 幸せにしてくださいまし!」と頼みに行くぐらいに、未早矢の幸せを願っていたのだった。 当然、未早矢の男装趣味も知っており武家の男としては困惑するものの、未早矢の意思を尊重する気持ちの方が強く「男の装い」を街に買いに出る役目までをも引き受けていた。 徳道に未早矢の男装趣味が知られた場合は「切腹」をしてでも許しを乞う気概と覚悟までを持っており、懐に短刀と遺書を常に忍ばせている程である。 美琴の女装に関しては徳永崎家のある地域では「似たような習慣」があり、自分も(とお)をすぎる前までは女装させられ、同士である益荒男達の偶像(アイドル)にさせられていた経験がある身故に特に気にすることはなかった。 むしろ、美琴の女装した姿を見て「あのような綺麗な男子、俺が守りたいぐらいだ……」と未早矢を羨ましく思っていたのだった。
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