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二人は中庭を散策していた。ずっと、無言である。美琴は庭を見ていて「うちの庭に比べて小さい」と、失礼ながらに考えていた。屋敷も家に比べて小さく、調度品も価値があるものは少ない。華族の中にも「爵位はあるが金はない」者がいると聞いていたが、その類であるかと納得するのであった。
こんな家なら「侯爵家」である我が家と縁戚になりたがるのも仕方ない。
これまでの美琴が見合いをしてきた娘はこんな家の者ばかり…… おれもそうだが、政略結婚に付き合わされる華族の子女は大変なものだと溜息を吐くのであった。
極彩色の錦鯉が泳ぐ池の橋の上に立ったところで未早矢はやっと口を開いた。
「えっと、なんで今日は『男』の格好をしてるの?」
美琴は困惑するも、相手がなぜ女装の件を知っているのかを知らなければ話にならない。
逆に尋ね返すことにした。
「あの、会ったことありましたか? 姉と女中以外の女子には、とんと会わぬもので…… 接点が思いつきませぬ」
「そうか、この格好だから分かんないか。仕方ないね。昨日、電気館で成金に絡まれていたでしょう? あれを助けたのあたしなんだ」
それを言われた瞬間、美琴の全身に電流が疾走るような衝撃を覚えた。あの時、助けてくれたモボの顔と、未早矢の顔が完全一致したのである。
「あああーっ! あの時のモボ!」
「そう! あたしもさっき『あの時のモガ!』って言いたかったんだからね? どういうことかなって」
美琴は困ったようにボリボリと頭を掻いた。そして、再び尋ね返してしまう。
「えっと…… 女だよね?」
未早矢は首を傾げながらその問いに答えた。
「上か下、どちらかを脱いで御覧頂きましょうか? これならば一目瞭然です」
自分から服を脱ぐと言い出すとはなんということだろうか。しかし、さすがに男であろうと女であろうと自分から辱めさせるようなことは出来ない。
美琴は横に首を振り止めさせた。
「結構です。今日は爵位を持ちたる華族の子女の見合いです。このような場に女装をした男を連れてくるなぞ、仲人たる父の顔に泥を塗るようなことはしないでしょう。だから、あなたは女です。それと同じく、俺も男ですよ」
「それも、そうね。お互い、華族同士だと恥ずかしいことも出来なくて大変ね」
美琴は自分が女装をしている理由を包み隠さず未早矢に説明を行った。
最後まで聞き終えたところで、未早矢も男装をしていた理由を語り始めた。
「似たようなもの。かしら」
「似たようなもの。とは?」
「あたし、体を動かすことが好きなのよ。柔道も、剣道も、最近は琉球空手も始めてるし。だから動きやすい服を着てるだけかな? ハイカラさんやモガの風体が合わないのよね。袴やスカートだと足が上がりにくいし、普段はバンカラやモボの格好をしてるの。今着てる振り袖だって早く脱ぎたいぐらいよ」
「これで外には…… 出てるね。おれも昨日見てるし」
「男装して銀座や浅草の街を歩いてるけど、一度もバレたことないのよ? 女ながらに筋肉の引き締まった体してるし、声も低く出して誤魔化してはいるんだけどね」
「ははは、おれと同じだ。女装しても一度もバレたことないよ。全体的に体細いし、喉仏出てるけど声は高いし……」
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