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歌舞伎座の二階席最前列中央に二人は腰を下ろした。落ち着いたところで未早矢が口を開いた。
「美琴様のお家のお車もフォードなのですね。我が家と同じで驚きました」
「皆、今はフォードだね。少し前まではデイムラーを選ぶ家も多かったと思うんだけどな。本当はロールスロイスを買う予定だったんだけど、結局フォードに落ち着いたよ」
「あら? ロールスロイスとは実に畏れ多い」
「そうなんですよ。天子様がお乗りになられているお車を我々藩塀たる華族が乗っていいのかと思いまして。」
「しかし、お車の方を海外から輸入して貰わなければならぬとは」
「父もそれを憂いています。いつかは『日本車』がこの銀座を走るようにしてやりたいとは仰ってますが」
「案外、もうすぐかもしれませんよ? 女学校の成金の娘共が話しておるのを聞いたのですが、色々な鉄鋼の工房が日本産のお車を作ることに着手しているとか」
「日本の車の夜明けは近いやも知れませぬな。西洋の方では人を乗せて運ぶ以外にも、大砲をつけて動く車も出来ているとか。確か『戦車』というとか、噂に聞くに無限軌道たる車輪で動くらしいですよ?」
「かたぴらぁ? 知らぬ言葉です。それより気になるのは大砲をつけていることです。ぺるり(ペリー)が乗ってきた黒船が地を這うようになると言うのですか?」
「そう。なりますね」
未早矢は自分の掌をじっと見つめた。その掌にはマメを何度も潰したような竹刀ダコがびっしりと浮かんでいる。
「何千何万、竹刀を振ってきました。素振りは全ての基本、振れば振る程に自分が強くなっていくのを感じます。でも、銃の前では全てが無力、ましてや今言った戦車と言うものの前では余計に無力。心技体、いくら鍛えようとも…… 銃爪を軽く引くだけで、呆気なく散りゆくのです」
「脆弱なる者でも強者に勝てるようになりますね。戦いも平等になると言えるのではないでしょうか。いずれにせよ、戦は好きません」
未早矢はくくくと鳩の鳴くような声で笑った。
「維新の頃に『ぴすとる』を使っていた、坂本直柔(坂本龍馬)みたいなことを言いますね」
美琴は文士・坂崎紫瀾の書いた坂本龍馬の話をしようとしたのだが、周りの席の者が「ヒソヒソ話」をしていることに気がつき、思わずに口を閉じてしまう。
「あら、どうなさったのですか?」
「いえ、周りが何やら私達を見て話しているのが気になりまして」
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