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これだから成金は鬱陶しい。この成金は関東大震災の時に打撃を受けなかったとでも言うのだろうか。大方、復興のための社会貢献もせずに金を凍結していたか、一時的に大阪にでも疎開していたのだろう。そうでもなければ、この不況に喘ぐ中、こんな金の使い方が出来る訳がない。
下劣極まりない成金の相手はしないに限る。美琴は手を突き出し、札束を突き返した。
「いい加減にして貰えます? 案内人、もしくは官憲を呼びますよ?」
実に生意気なモガだ。成金は唾を吐くような舌打ちを放った。
二人はこの様を見て「お里が知れる」と唾棄してしまうのであった。
「まあ良い。このような生意気なモガにはちと仕置をせねばならん。我の隣で歌舞伎を見ながらしっかりとその体に教えてやらねばならぬな」
成金は美琴の手首を掴んだ。その華奢で柔らかな手首の感触に「そそるものがあるではないか」と興奮の坩堝へと入ってしまう。指の節々がゴツゴツとした毛深い手で掴まれるそれに手加減はなく、ねっとりとした感じがし気持ち悪く感じてしまう。
「細い手首よのう? 肌も色白で白磁器のように美しい! 女であればこれが普通かのう! ガハハハ!」
美琴は成金の一言に屈辱感を覚え、思わずに奥歯を噛み締めて怒りを堪えてしまう。成金は加虐的な趣味があるのか、益々「そそるものがあるではないか」と興奮してしまうのであった。
「これ、我の席の隣にチャンこするのだぞ?」
すると、未早矢が立ち上がった。そして、成金の手首を逆に掴んで捻り、美琴の手を掴む手を離してやるのであった。
「あの? これ以上、私の連れに対する狼藉は許せません。お引取り願えますか?」
「な、何だと…… この青二才のモボ風情が……」
成金は未早矢が掴む手を離そうとするが、いくら力を入れても離れない。
まるで万力に噛ませたような未早矢の握力に驚いていると、手が薄紫色に段々と染まっていくことに気がついた。成金の手は徐々に徐々にと鬱血し始めていたのである。
何だこれは? まさか、血が止まっているのか? 人間の握力でそんなことが出来る訳がない! とは言え、手が痺れて堪らない。まさか、このまま血が止まるようなことがあれば、この手はどうなる? 腐って切り落とすようなことなぞあってはならない。
「離せ! 離さんか!」
「連れへの無礼、侘びて頂きたい」
ここで成金に頭を下げさせては後が面倒だ。逆に官憲を呼び出されてあることないことを言われては堪らない。今日は二人で楽しく歌舞伎を観た後に銀ブラをしたい。
それを成金に邪魔されたくはない。美琴は助けたくもない成金ではあるが、助け舟を出すことにした。
「もう、結構です。未早矢さん、私は気にしておりません」
未早矢は首をクイと傾げるも、以心伝心で美琴の意図に気がつき、成金の手をゴミ箱に噛んだ鼻紙を捨てるような手付きでポイと離した。
成金の手には未早矢の手の痕がクッキリと浮かび上がっていた。鬱血が止まり、血が流れるようになったのか、手の色が元へと戻っていく。
その手は動かずにブルブルと小刻みに震えていた。
成金は修羅の形相で未早矢を睨み付けた後「くっ、今日はこのぐらいで勘弁しておいてやる!」と捨て台詞を残して自分の席へと戻っていった。
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