第二章 初恋の味を知らないモガとモボ

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 勧進帳のあらすじを淀みない口調で語り終えた未早矢はふぅと溜息を()いた。 「と、まぁ。これが勧進帳のあらすじです。ご理解頂けましたでしょうか?」 「いい話。ですね」 「これを観る度に思うのですよ? 私に武蔵坊弁慶のように忠を尽くしてくれる人はいるのかと。家の使用人や執事や女中とは『お金』と『爵位』で繋がっている関係。武蔵坊弁慶は逆賊となった後も源義経に忠を尽くしてくれていた。普通であれば逃げ出したり裏切ったりするとは思いませんか?」 「未早矢さん……」 武家の家に生まれたから、こういったことには敏感で高潔なる理想を持つようになるのか。 美琴の鷹小路家は公家の出であり、かつては朝廷で天子様に仕えての儀式や文官を行っていた公卿の一族である。このような雅な家に育った美琴に武家の忠の話は畑違い。分からないなりに自分の見解を述べるのであった。 「私にはよく分からない話です。でも、忠と言う字には『心』があります。人の心と言うものは『お金』や『爵位』で揺れ動く程安いものではありません。もし、揺れ動くと言うならば初めから忠がないということでは」 それを聞いた未早矢は「くくく」と鳩のような笑い声を上げた。やはりこの男は父の同士の益荒男達とは何かが違う、面白い人だ。と言いたげな笑いであった。  そうしている内に劇場内に「大太鼓」「締太鼓」「能管」の三重奏が響き渡った。勧進帳の開園準備が整ったことを意味する儀礼囃子である。 「始まりますよ」 勧進帳の舞台が進行していく…… 流れは未早矢の話したあらすじ通り、相違は微塵もない。 美琴は武蔵坊弁慶を演ずる歌舞伎役者の演技に引き込まれ、感動のあまり言葉を失ってしまった。特に源義経を打ち据えた後に謝罪を行う涙ながらの叫びを聞いてもらい泣きをしそうになる程であった。
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