第二章 初恋の味を知らないモガとモボ

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 勧進帳が終わった後は再びの幕間。未早矢は演目冊子(プログラム)を開きながら美琴に尋ねた。 「お夏狂乱ですか。悲しい恋の話ですね」 「姫路の方の実話だとか」 「姫路城下の旅籠『但馬屋』の娘お夏と、商家の手代と言う清十郎の身分違いの悲恋の物語」 「身分違いの恋は禁忌。四民平等が謳われる今であれば……」 未早矢が悲しげに言うそれを聞いた瞬間、美琴は首を横に振った。 「我々は皇族の藩屏たる華族の身で、政界も財界も支配する特権階級なのです。我々と言うものが存在しているだけで、四民平等なぞ、謳われているだけで嘘っぱちだとは思いませんか?」 「み…… みこと…… さん?」 「いえ、失礼しました。この話はやめておきましょう。それで、清十郎が暇を出されるんですよね。ただ、格上の旅籠のお夏と恋仲になる話。それも出来ない時代だったんですよ」 「お夏がそれを追って逐電して、清十郎と共に駆け落ちをするも、城の追手に捕まり切腹をさせられてしまう。ただ、人を好きになっただけだと言うのに……」 「お夏は狂乱し、道を彷徨い歩いているところを巡礼の老夫婦に会うことによって狂乱が落ち着いたところで話は終わり……」 「(たく)(舞台の終焉を告げる拍子木のこと)を鳴らさずにそのまま終わるところが悲しい終わり方なんですよ…… 物凄く哀愁に満ちた場そのままで終わるみたいな……」 二人が言う通りに舞台は進行し、お夏狂乱は閉幕するのであった。 これで歌舞伎座の午前の部は終了である。このまま午後の部を観る者は着席したままで、午前の部だけを観て帰る者はそのまま席を立ち歌舞伎座を後にするのであった。 二人は後者である。 歌舞伎座から出た未早矢は大きな背伸びを行った。 「お芝居は長い間座ったままだから体が鈍りますな。銀ブラでもして体を解しましょう」 「ええ、そうですね」
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