第一章 モガとモボの奇妙な邂逅

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 美琴は食堂へと向かった。食堂には鷹小路一家が揃っており、美琴の到着を今か今かと待っているのであった。 美琴は自分の席へと就いた。椅子引きの役目は女中の長命子(ながこ)である。  今日の鷹小路家の晩餉はトンカツ。町中の食堂で出る肩肉の薄いものとは違って、極上の希少部位を使った肉厚のフィレ肉のフライである。 食堂は静かなものだった。皿とナイフがぶつかる金属音が時折、響くだけである。 そんな静寂の中、鷹麿は唐突に口を開いた。 「美琴よ。唐突であるが、明日見合いの話を入れておいた」 またか…… 美琴は一瞬だけウンザリとした表情を浮かべた後、ウスターソースのタップリついたフィレカツを頬張った。  鷹麿であるが、おっとりと育った青瓢箪たる美琴に見切りをつけていた。 それならば、その子供に期待をすればいいと美琴の子供に期待を寄せていたのである。  華族の爵位であるが、男子しか持つことは許されていない。現状、美琴しか譲爵できないのである。しかし、鷹麿は美琴にはこの家を守る気概も器もないと諦めている。 尚、雲雀子に息子が生まれれば譲爵も可能ではあるが…… 雲雀子は当時雇っていた女中との間に生まれた妾腹の子。しかも、その女中は執事とも交際を行っていた大胆不敵な娘。 雲雀子が自分の子である確証が持てなかったために、その息子に譲爵することを諦めたのであった。 尚、その女中であるが…… 二股が発覚すると同時に子(雲雀子)だけを取り上げられ、里へと返されている。  このような訳で、鷹麿は自分の本妻である未希子(みきこ)との間に生まれた美琴に譲爵を考えていた。しかし、おっとり育った青瓢箪である美琴に見切りをつけたのは先述の通り。いくら青瓢箪とは言え美琴は男、子は作れるだろうと思い、日々見合いを行わせているのであった。  しかし、美琴はそれを悉く断っていた。ただ、単に好意を抱ける女性との巡り合いがなかったからである。美琴の方から断る回数十五回、これにはさすがに鷹麿も堪忍袋の緒が切れる寸前であった。 「今度はどちらの家でしょうか」 「子爵家だ。家柄は武家、西南戦争の剣林弾雨を潜り抜けての国士無双たる活躍が評価されたことから叙爵されたそうだぞ」  それを言う鷹麿の口調は荒く怒りが込められていた。鷹小路家は公卿華族故に明治政府の設立と共に華族となった「旧華族」とされる昔からの華族である。 明治十七年に華族令が制定されてからは、明治維新や西南戦争で功績のあった者達が新たに華族となった、それを「勲功華族」と言う。 旧華族は公家や藩主などと言った昔から「偉かった者」が多く、いきなり「偉くなった者」である勲功華族の存在を非常に煙たがっており、同列の華族として扱われることは矜持を傷つけられると考える者が多かったのである。 「武家の娘で御座いますか。男の影も踏めないようなおしとやかな娘なのでしょうね」と、美琴は興味なさそうに吐き捨てた。 「知らん。内務卿様の知り合いの武家の徳永崎殿の娘さんがもう十七だというのに、相手の一人も見つからんと言うてたものでな。『仕方なく』見合いを引き受けたと言う訳だ。見合いも十二連敗とかで、お前と似たようなものだ。いい加減にもろうてやれ」
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