義翼の職人

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 そして彼は、知った。  もう自分は、天使ではないのだ、と。  天使は、いや、元天使は、力の抜けた銀色の目で空を見上げる。  もう自分が飛ぶことの叶わない重い雲に覆われた空を。  もう何時間この場にいるのだろう。  天使であった頃には時間の感覚なんて存在しなかった。 痛みも感じなければ、寒暖も感じない。ましてや空腹や疲れなんて感じようはずもない。  しかし、今は違う。  身体中に感じたことのない不快な感覚が次々に襲いかかってくる。  痛み。  寒さ。  疲れ。  そして空腹。  それらはこの場に留まれば留まるほどに身体中を巡り、支配しようとする。  これなのに彼は、この場を動こうとしない。  周りに生えている枯れ果てた木と同じように固い地面に根を張ったように動けずにいた。  彼の脳裏に浮かぶのはかつて天使であった頃の記憶。  清く、美しく、無垢な姿で背中の翼を雄々しく広げ、神たる父の寵愛を受けながら空を舞う自分の姿だ。  それなのに自分は、現在(いま)、ここにいる。  薄汚れた大地に座り、傷だらけで翼のもがれた醜い姿で空を見上げている。
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