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1.悪趣味なごっこ遊び
「僕は真実の愛に目覚めてしまった。だからアリーネ……君との婚約を破棄したい!!」
「申し訳ありません、アリーネ様……」
又か。
突然婚約者の家に呼ばれたと思ったら、唐突に婚約破棄を告げられる。
理由はいつも真実の愛とやらだ。
けれど声を震わせながら勝ち誇ったように私を見る女の顔は毎回違う。今回の相手は彼の家のメイドだった。見覚えがある。
彼、アルド伯爵家の嫡男レイモンドは有名な浮気男だった。
十代前半の内から女好きの噂が立っていたのだから相当なものだ。
顔もいい、身分もいい、話題も豊富で乗馬も上手い。
ただ話すだけなら魅力的な好青年だと思う。
けれど彼は女遊びが下手だった。いつだって相手をどこまでも燃え上がらせる。
本妻になんてするつもりもない癖に。
激しい女性を好む彼の色恋トラブルは絶えず、結果彼の婚約者は貧乏男爵家の次女である私アリーネ・ブランが選ばれた。
名門アルド伯爵家に対しわかりやすく格下であること、そして何より私が激しさとは真逆の性質であることが決め手だったらしい。
どうせ息子の恋は一時の物、いちいち嫉妬や悲しむことをせずひたすら耐えて待つ女こそ妻として相応しい。
そう私を前に説明したのは彼の父である伯爵だ。彼は私を見下しているだけで馬鹿にしたつもりはないのだろう。
レイモンドも私の容姿は気に入ってくれたようだった。私たち男爵家に申し入れを拒む権力などなく婚約は結ばれた。
それから三年。私もレイモンドも十九歳になる。喧嘩をしたことはないが、婚約破棄を求められたことは両手では足りない。
つまりそれだけ私以外の女性と燃え上がっては別れているのだ。
彼が言うには「婚約破棄」というのはとても便利なものらしい。
私が浮気相手の女性の前でレイモンドから婚約破棄を突き付けられることで、その女性はかなり満足するらしいのだ。
レイモンドの身と心を婚約者である私から完全に奪い取れたのだと勝ち誇るらしい。
その後いざ次期伯爵家夫人としての心構えや必要な知識、女主人としての仕事など小難しい話をしだすと途端に尻込みをして彼の前から消えてしまうとのことだ。
だからきっと今回もそうなるだろう。浮気相手を帰した後、私の肩を抱きながらレイモンドは言う。
「やはり使用人や、市井の娘はそういった所が駄目だね。次期伯爵を妻になりたがる癖に責任感も覚悟もない」
そう先程私に婚約破棄を告げた青年は魅力的な笑みを浮かべ私に語った。
遊び相手にわざわざそういう女性を選んでおいて失礼な話だと思ったが、婚約者がいる相手と遊ぶような人間を擁護するのも馬鹿馬鹿しくて黙っていた。
「でも貴方は、そういった女性たちに感謝するべきだわ」
「おかしなことをいうね」
「感謝するのは彼女たちだよ。一時だけでも伯爵夫人になる夢を見られたのだから」
そして再来月には君が正式な伯爵夫人だ。そう囁かれ夕食を一緒に食べようと誘われる。
正式に夫婦関係になったら「婚約破棄ごっこ」なんてもう使えない。
だからといってレイモンドが女遊びを止めるとも思えない。
婚約破棄ごっこの次は離婚ごっこになるのだろうか。そうなったら一度だけは止めよう。
レイモンドに腰を抱かれながら私は溜息を吐いた。
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