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13話 欲望という足枷
最初、夫がにやにやと笑っているので悪趣味な冗談だと思った。
いや、そう思い込みたかったのだ。
けれどレイモンドはまるで子供のように私の手を引いて自分の寝室へと連れて行った。
そこには一目で息絶えているとわかるカリーナがいた。裸でベッドに仰向けになっていた。首にはくっきりと指の跡が残っていた。
死体を認識した瞬間、己の体の血が全部下に落ちていくような感覚がした。
叫びそうになるのを必死で堪えた。夫はまだ笑っていた。何故笑っているのか私には全くわからなかった。
「驚いたかい?でも大丈夫だよ」
父さんに言えばきっと上手く片付けてくれるから。そう何でもない事のようにいうレイモンドにぞっとする。
その台詞に私は今までに人を殺したことがあるのか夫に詰め寄った。彼は今回が初めてだと言った。そのことに私は少しだけ安堵した。どこにも安心できる要素などないのに。
「カリーナが自分に何でもしていいって言ったんだ。いつもみたいに危ない所で抵抗してくれればよかったのに」
どんなことでも許してくれて我慢強いところが好きだったけれど、残念だったね。
そう快楽殺人者は他人事のように言った。
「こういうことをするならカリーナが一番良かった。他の娘は少しでも同じような事をすると怯えて逃げるんだ」
結婚をちらつかせてもそこまで長続きはしなかった。つまらなそうなレイモンドの言葉に私は目を見開く。
何回も繰り返された婚約破棄ごっこは夫の加害欲を満たす為の餌だった。性的快楽の為に殺されたがる女などいない。
だから伯爵夫人という座を餌にして耐えさせた。信憑性を持たせるために当時婚約者だった私を利用した。
女性たちが逃げ出したのは伯爵夫人としての義務が嫌だったからではない。単にこのままでは殺されると思ったからだ。
そして恐らくその女性たちの口封じをしたのは義父なのだろう。金で黙らせたのか、脅したのか。或いは両方か。
「昼に君が脅してくれたからかな。普段よりもずっと従順で情熱的だったんだ。何でもするし耐えるから自分を一番愛してくれって」
今までで一番良い夜だったよ。うっとりとレイモンドは呟いた。
違う。カリーナは恐らく媚びただけだ。私が死んだ後の伯爵夫人の座を欲しがって。
もしくは犯行が自分の仕業だと気づかれた時の為に当主であるレイモンドに必死で縋ったのだ。
結果死んだのは私と腹の子ではなく彼女だった。カリーナは逃げ遅れたのだ。
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