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4話 女主人としての振る舞い
この国では貴族の婚姻において女性側の家の方が格上だといいとされる。
簡単に言えば夫が度を過ぎた女遊びをした場合義父に叱って貰うことが出来るからだ。
実際に夫婦の親が出てこなくても「父に言いつけますわよ」と妻が窘めて夫が反省する場合も多い。
この国では貴族や裕福な商家の男は愛人を持つことが黙認されている。
その為結婚してからも女性トラブルが多い。
よく出来た妻は夫と愛人の喧嘩さえ仲裁するなどという諺さえ存在するくらいだ。
他に正妻と愛人が仲良くしている家の夫は甲斐性があるなどとも言われる。
残念ながら実家が貧しい男爵家な私は名門伯爵家の夫に強く出ることが出来ない。
レイモンドもそのことを知っていて結婚前から好き放題遊びまわっていた。
ただ、それは夫婦間の話で彼の愛人にまで馬鹿にされる理由はないと思う。
けれどカリーナはまるで女王のように伯爵夫人である私の前で振舞った。彼女の実家は貧乏どころか完全に没落した筈だが。
しかし執事のグレイグに連れられて部屋に足を踏み入れた彼女の第一声が
「やっと旦那様と解放する決心ができたのですか?」だったのには内心開いた口が塞がらなかった。
当然カリーナは執事に叱られたが表情を歪めて無礼者と怒鳴り返す光景を見て私は頭が痛くなる。
レイモンドの愛人とはいえ、以前はここまで身の程知らずな娘ではなかった筈だ。
私はカリーナを自分の近くから遠ざけたことを少し後悔していた。
「口を慎みなさいカリーナ。貴女はこの家の女主人ではないのよ」
「今は、でしょう? 」
「未来永劫よ」
にたりとした言い方に腹が立って早口で付け加える。もうこの時点で彼女を屋敷から追い出したくなっていた。
もし私の父がレイモンドの父より爵位が上か、同位で年上だったら迷うことなくカリーナを追い出していただろう。この家の女主人として。
けれど実際は私の実家の男爵家の方が圧倒的に格下でカリーナは伯爵家現当主の気に入りの愛人なのだ。
覚悟はしていたけれどやりづらいことこの上ない。
「どうして貴女にそんなことがわかるのですかアリーネ様」
「私が伯爵家次期当主の母親だからよ」
私は賭けに出た。腹は布越しでもわかるぐらい膨らんでいる。
性別はまだわからないが男子だと信じることにした。別に女の子だって構わない。
少なくとも生まれてくる子供はカリーナよりは確実に身分が上だ。
流石に効果があったのか彼女は顔を青くした。
「貴女、レイモンドに子供をねだっているらしいけれど不幸にしかならないから止めなさい」
「なんですって!」
あの人は貴女との子供を欲しがってもいないし自分の子として育てる気もないわ。
私は夫に言われたことをそのまま彼の愛人に伝えた。
「嘘よ!!」
大声で否定されるが予想通りだ。そう言われて納得できるような女性は最初から愛人の立場で子供なんて欲しがらない。
「本当よ。私の腹を見てわかるでしょう? 私とレイモンドは夫婦なのよ。貴女の話だって彼から聞いているし、今回貴女を説得するように言ってきたのも夫よ」
「嘘よ、彼は貴女のことなんて愛していないって、お腹の子だって寝ているところを無理やり襲われたって言っていたわ!あの女は伯爵家の財産狙いだって!!」
「馬鹿な話ね。寝ているレイモンドを私が襲ってどうやって子供を作れるというの?」
私に嫌がる男性を無理やり押さえつけられる力があるとでも思うの?
そう子供に言い聞かせるように話す。
カリーナはわなわなと震えると言葉を発することなく部屋を出て行った。
傍観に徹していた執事が私の指示を求める。連れ戻す必要はないと私は言った。
「伝えるべきことは伝えたわ。……もし彼女が退職を願い出たらすぐ私に知らせて頂戴」
手切れ金を用意するつもりはある。私の言葉に執事は頷いた。
わかっている。妻のいる男性と男女の仲になるような女性は気に食わないが、結局一番悪いのはレイモンドだ。
そして彼はきっとカリーナと別れた後も似たようなことを繰り返すのだろう。
どっと疲れが押し寄せてきて私は執事にこれから休むと伝え退出を求めた。
しかし、こんな状態で無事出産できるのだろうか。
そんな私の不安を嘲笑うかのように事件は起こった。
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