大地の戦士

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大地の戦士

 「隔離街ファリーゼ」は、殺し屋が身を潜めるには打ってつけの貧民街である。  石造りやレンガ造りの古い壁が路地を作り、崩れかけた小さな家の中に淀んだ眼の人々が巣食う。  死体が転がっていることなど珍しくなく、銃撃戦が起これば身を隠して出てこない。  自分自身が生きていくだけで精一杯だし、毎日を全力で生きているとも言えた。  レックスはこんな街が好きだった。  バルセロナやパリには人がいない。  命を賭けて戦うことだけが、人間らしい営みである。  銃に人生を捧げ、生きる糧も信頼できる仲間もすべて戦闘の先に見いだした。  実のところ、レックスは銃の才能に恵まれなかった。  寝る間も惜しんで血の出るような努力の末に「伝説の殺し屋」と呼ばれるようになったのだ。  生きる術を知らず、盗みを繰り返し警察に捕まってまた盗む。  そんな暮らしから死に物狂いで抜け出した。  人の命を奪って。 「ガラクは無事だろうか ───」  夜空の星は、今日もきれいに(またた)いている。  才能に恵まれなかった分、確かな技術を身につけることができた。  ネガティブな状況をひっくり返す判断力は誰にも負けない。  誰よりも死線をくぐり、銃で未来を切り拓いてきた。 「星空は人間をセンチメンタルにするな ───」  ため息をつき、夕食を済ませた頃だった。 「こちらに、レックスという人はいるかい」  戸口にやってきた老人がこちらを見ていた。  構えていた銃を下ろすと、招き入れた。 「私がレックスだが」 「ゼツとラルフを知っているかね ───」  リビングに(しつら)えた小さなテーブルに、ワイングラスを2つ置いた。 「『大地の戦士』アジェンダ・アグラリア・グエリエリ ───」  静かにワインを注いで、老人に勧めた。  死の匂いを漂わせる人間は、直観的に理解できる。  長年命のやり取りをしてきたレックスには、地獄の使者を迎え入れる準備ができていた。 「おお、ワインかい。  これでもワシは、仕事中でね」  両手を横に組んで、舌なめずりをしながら言う。 「そんな顔してないでしょう。  どうぞ、遠慮はいりませんよ」  レックスはグイと口を濡らした。 「そうだね。  舌の滑りを良くしないとだな」  老人は背が小さくて、髪は真っ白。  黒スラックスに白シャツ、黒ベストで、ちょっぴり気取っているように見えた。  だが眼だけはやたらと奥光りしている。
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