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砂の地獄
「それで ───」
一口含んで転がし、ゴクリと音を立てて飲むと柏手を打った。
「うん。
そうだった。
うまいワインを飲んで思い出したぞ」
席を立つと窓から星空を眺めた。
月明りに怪しく立ち姿が映え、顔が青白く光る。
月を背に振り返りざまに切り出した。
「ワシの名はハーティ・ホイルだ。
ゼツとラルフからメッセージを預かっている」
ポーチから封筒を取りだした。
レックスへ宛てられた封筒は分厚かった。
「アルバラ共和国空軍基地アル・サドンで2人に会って、こいつを託されたという訳さ。
エトランゼに入った以上、逃亡は銃殺だ。
1年間生きていればシャバに戻って来れるがね。
契約書に大まかな住所が書かれていた。
探すの、大変だったんだぞ ────」
横を向いて人差し指を合わせ、すこしもじもじとする。
レックスは、手持ちの金をそっと手渡した。
「いやあ、恩に着ます。
息子と娘のようなものですから。
そうですか。
軍隊に入ったのか。
それなら足がつかない。
スパイも顔負けの姿くらましだ」
酒も回り、珍しくほころんだ笑顔を見せた。
「元気にしとるぞ。
ワシは、たくさんの訳アリ人間を見てきたからわかる。
どちらも人殺しが好きな人間ではないな ───」
世界を渡り歩く武器商人は、つい社会情勢の話などを長々とした。
「産婆と、葬儀屋と、兵隊に失業の心配はいらん。
世界のどこかで必ず悪だくみする者がいる ───」
ワイングラスを片手に窓辺に手を突き、もう一度月を見上げた。
「月が赤いですね」
「悪だくみが本格的になる前触れだ。
アルバラの戦争は大きくなりそうだ」
ハーティの顔に陰りがよぎった。
「私は、命のやり取りをしてきましたが、戦場には疎いし世界のことなど考えてきませんでした」
月を見上げたまま、グイとワインを喉に流し込むと一息ついた。
「そんなことはあるまい。
一握りの真実の中に、宇宙があるのだぞい。
人の命と向き合うものは、この世の真理に通ずるものだ」
空のワイングラスがコトリと音を立てた。
「四六時中神経を張りつめさせて70年も生きてきました。
そんな自分が敗北感を持ちます」
「ほう。
才能を見いだしたかい」
「ガラクと言う娘が、あらゆる しがらみを断ち切ってくれることでしょう」
2人は目を閉じ、床に伸びる月明りに目をやった。
「優しい死神は、世界を救う ───。
武器を売る相手が、そんな人間なら良いがな」
ふっと自嘲気味に笑った。
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