砂の地獄

1/1
前へ
/7ページ
次へ

砂の地獄

「それで ───」  一口含んで転がし、ゴクリと音を立てて飲むと柏手を打った。 「うん。  そうだった。  うまいワインを飲んで思い出したぞ」  席を立つと窓から星空を眺めた。  月明りに怪しく立ち姿が映え、顔が青白く光る。  月を背に振り返りざまに切り出した。 「ワシの名はハーティ・ホイルだ。  ゼツとラルフからメッセージを預かっている」  ポーチから封筒を取りだした。  レックスへ宛てられた封筒は分厚かった。 「アルバラ共和国空軍基地アル・サドンで2人に会って、こいつを託されたという訳さ。  エトランゼに入った以上、逃亡は銃殺だ。  1年間生きていればシャバに戻って来れるがね。  契約書に大まかな住所が書かれていた。  探すの、大変だったんだぞ ────」  横を向いて人差し指を合わせ、すこしもじもじとする。  レックスは、手持ちの金をそっと手渡した。 「いやあ、恩に着ます。  息子と娘のようなものですから。  そうですか。  軍隊に入ったのか。  それなら足がつかない。  スパイも顔負けの姿くらましだ」  酒も回り、珍しくほころんだ笑顔を見せた。 「元気にしとるぞ。  ワシは、たくさんの訳アリ人間を見てきたからわかる。  どちらも人殺しが好きな人間ではないな ───」  世界を渡り歩く武器商人は、つい社会情勢の話などを長々とした。 「産婆と、葬儀屋と、兵隊に失業の心配はいらん。  世界のどこかで必ず悪だくみする者がいる ───」  ワイングラスを片手に窓辺に手を突き、もう一度月を見上げた。 「月が赤いですね」 「悪だくみが本格的になる前触れだ。  アルバラの戦争は大きくなりそうだ」  ハーティの顔に陰りがよぎった。 「私は、命のやり取りをしてきましたが、戦場には疎いし世界のことなど考えてきませんでした」  月を見上げたまま、グイとワインを喉に流し込むと一息ついた。 「そんなことはあるまい。  一握りの真実の中に、宇宙があるのだぞい。  人の命と向き合うものは、この世の真理に通ずるものだ」  空のワイングラスがコトリと音を立てた。 「四六時中神経を張りつめさせて70年も生きてきました。  そんな自分が敗北感を持ちます」 「ほう。  才能を見いだしたかい」 「ガラクと言う娘が、あらゆる しがらみを断ち切ってくれることでしょう」  2人は目を閉じ、床に伸びる月明りに目をやった。 「優しい死神は、世界を救う ───。  武器を売る相手が、そんな人間なら良いがな」  ふっと自嘲気味に笑った。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加