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山道の入り口は霧に包まれていた。春とは言え、早朝の気温は低く、吐く息は白く凍った。ファミレスで再会してから一週間が経っていた。三人はシャベルやスコップを背負い、山を登り始めた。
「埋めた場所は覚えてるのか?」祐輔はしんがりを歩きながら、そう聞いてきた。「もう十四年も前の事だぜ?」
「覚えてるよ。涸れ沢に杉の倒木があって、その近くに大きな岩があった。死体はその近くに埋めたんだよ」
ハゲタカ山は標高五百メートル程の低山で、手付かずの森は荒れ、倒木や瓦礫が辺りに広がっていた。舗装されていない道も多く、登山者も滅多に訪れる事の無い場所だった。
「死体を掘り返したら、どうするんだ?」後方を歩く祐輔がそう聞いてきた。「またどこかに埋めるのか?」
樹は振り返る。「ある山を知ってる。そこは過疎にあるから住宅開発をされる事は無いし、太陽光発電が設置される危険性もない」
「そこなら安全なんだ」梢は安堵したように胸に手を当てた。「もう、あいつに苦しめられる事は無いんだね」
十年前、樹と祐輔、梢は同じ児童養護施設で暮らしていた。同い年で、片親で育ったという共通点があり、自然と仲が良くなった。三人は近くの公園や神社、空き家を探検して遊んだものだった。お菓子を持ち寄り、お花見の真似事をした事も、雪が降った日にかまくらの中でカップラーメンを食べた事も、今では懐かしい思い出だった。ずっと友達でいようと、ジャングルジムの天辺で誓い合った事もあった。
その出来事が起きたのは、十四歳の夏休みだった。ユキちゃん先生という施設のスタッフが居た。ユキちゃん先生は優しかった。褒めてくれて、抱き締めてくれて、大好きだと言ってくれた。樹はまるで、自分が特別な存在になったかのような気がした。親に捨てられた彼等にとって、ユキちゃん先生は母親以上の存在だった。
そんなユキちゃん先生の誕生日に、花束を送ろうという話が出た。施設では月に一度、二千円のお小遣いが支給されるが樹達はお菓子やカードゲーム、化粧品などに使って残りは三人で合わせても数百円しかなかった。
中学生ではバイトも出来ないし、他の子供達にお金を借りる事も禁止されていた。けれども、ユキちゃん先生に感謝の気持ちをどうしても伝えたかった。
学校の帰り、三人で神社に集まって作戦会議をした。お金の掛からない似顔絵や手紙を贈る案なども出された。喧々諤々と議論が交わされる中、誰かが賽銭箱は、と言った。
三人は本殿へと近づき、賽銭箱の中を覗いた。格子の隙間、傾斜板に千円札が引っ掛かっているのが見えた。思わず、三人は目を見合わせた。
誰かが、お小遣いを貰った時に返せばいい、借りるだけだ、そう言った。三人はその言葉を盾に、枝の先に噛んでいたガムを引っ付け、賽銭箱から千円札を取り出した。そして、その足で駅前の花屋へと走って行ったのだ。
千五百円の花束を、ユキちゃん先生はとても喜んでくれた。その花束は長い間、職員室のデスクに飾られていた。色が失われ、ドライフラワーとなっても。
枯れた木の葉を踏みながら、祐輔は言った。「確かに、あいつには散々、苦しめられたからな」
あの時、三人は誰にも見られていないと思っていた。だが、それは子供の浅はかな思い込みに過ぎなかった。
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