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山の奥に行くに従い、舗装された道は消え、野生動物が踏み固めたような獣道だけになっていった。頭上を覆い被さる木々のせいで地表は暗く、湿気の籠った青臭い匂いがした。
「そういえば、樹と祐輔は同窓会には参加するの?」そう聞いたのは梢だった。「二人の所にも案内状届いてたでしょう?」
数か月前に、養護施設から同窓会の案内が来ていた。樹は十八歳で施設を出てから、ユキちゃん先生とも他の職員とも顔を合わせていなかった。だから、この同窓会が十年ぶりの再会となった。
「都合が合えば、参加したいと思ってるよ」と樹は言った。
「俺は参加しようか迷ってるよ」祐輔はそう言い、歩くペースを速めて樹の隣に並んだ。「何となく、顔を合わせ辛くてさ」
「確かにね。特にユキちゃん先生にはね」と梢は言った。
二十歳を過ぎた大人が、今でも先生から嫌われる事を本気で怖がっていた。それは余りにも幼稚で、子供じみていた。だが、あの頃の三人にはそれが全てだった。自分を愛してくれる大人が必要だった。もう二度と、襤褸切れのように捨てられたくなかった。
「結局、俺達はまだ大人になり切れてないのかな」と樹は言った。
あの男は、公園で遊んでいた三人に近づいてきた。薄い頭髪に、ベルトに乗った太鼓腹、肩にはフケが溜まっていた。その男はベンチに座っていた三人にこう言った。
「お前達が何をしたのか知ってる」男は虫食いだらけの歯を剥き出しにして笑った。鼻の横には、盛り上がった大きな黒子があった。「それを施設にバラしたらどうなる?」
男は蛭川といった。職員に告げ口でもされたら、三人は施設を追い出されるかもしれなかった。ユキちゃん先生に嫌われ、また一人になるかもしれなかった。世界が終るような気がした。
三人は蛭川に脅迫され、万引きや窃盗、置き引きなどを繰り返すようになった。一つの罪を隠す為に、また罪が大きくなった。誰にも相談できず、逆らえなかった。まだ彼等は子供で、事の重大さを背負いきれるほど心が成熟していなかった。
「不思議なんだけどさ、俺、あいつの顔をあまり覚えてないんだよね」と鬱蒼とした山道を歩きながら祐輔はそう言った。「どうしてだろうな。あんなに憎かったのに。記憶から消そうとしてるのかな」
小さな個人商店で万引きする度、無人店舗の銭箱からお金をくすねる度、心が疲弊していった。罪の意識と後ろめたい気持ち、いつかバレるのではないかという恐怖心。食事も喉を通らなくなり、夜も眠れなくなり、笑えなくなった。三人はすでに限界だった。
「記憶から消す事が出来れば、どれだけ楽だろうね」梢はそう言い、細い小枝を踏み抜いた。「私達は今も縛られたままなんだよ」
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