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静寂の森のなかに
深夜のファミレスは閑散としていて、時が止まったかのように静まり返っている。まるで、大海に浮かぶ陸の孤島のように。
「久しぶりだな、樹」
そう言いながら、対面の席に座ったのは祐輔だった。白いラインの入った黒のスエットに、耳たぶを飾る沢山のピアス、艶の無い金髪は痛んで毛先が縮れていた。十年ぶりに会う祐輔に、子供時代の面影は無かった。互いに、二十八歳になっていた。
「樹、私も居るよ」
そう言って祐輔の背後から顔を出したのは梢だった。カールさせた栗色の髪、胸元が大きく開いたキャミソールを着て、その上からピンク色のカーディガンを羽織っていた。
「お店の前で、偶然一緒になっちゃって」
梢はそう言い、祐輔の隣に座った。卓上に置いたバッグは革製で、いかにも高級そうなブランド品だった。
「いきなり連絡が来るんだもん。びっくりしちゃった。だって、十年ぶりでしょ?」梢はそう言ってテーブルに肘を付き、楽しそうに指を絡めた。「何かあったの? もしかして結婚するとか?」
「式に招待してくれるのか?」祐輔はそう言ってテーブルから身を乗り出した。
「違うよ。相手も居ないし、そんな予定もない」樹はそう言い、肩を竦めた。「話の前にさ、二人の近況を聞かせてよ」
祐輔は頭を掻いた。「まあ、結婚したんだけど、つい最近、離婚してね。ガキも居たんだけど、元嫁に取られちまった。それに、仕事先でちょっと面倒を起こしちまって、今は無職なんだ」
「祐輔もツイてないね」梢はバッグから電子タバコを取り出して口に咥え、「私は悪いホストに騙されて、借金返済の毎日だよ。お酒も覚えちゃってさ。今じゃ飲まないと手が震えんの。笑っちゃうよね、マジで」そう言いながら、ラズベリーの匂いのする煙を吐き出した。
祐輔は樹に顎をしゃくった。「お前はどうしてた?」
「これといって特別な事は無いよ。高校を卒業した後に工場勤めをしたんだけど、上司と合わなくて辞めたんだ。それから仕事を転々として、今はパチ屋のスタッフに落ち着いてる」
「いいじゃん、パチ屋。楽しそうで」祐輔はそう言って笑った。笑う時に糸のように目が細くなる、そこだけは十年前と変わっていなかった。「そろそろ本題を教えてくれよ。なんで俺達を呼び出したんだ。まさか、病気になったとか?」
「やだ、それ本当なの?」梢はそう言い、樹の顔を心配そうに覗き混んだ。
「いや、違うよ」樹はそう言い、首を振った。「最近、仕事のヘルプで旭台に行ったんだよ。あのハゲタカ山がある」
その言葉に、祐輔と梢は一瞬にして顔色を変えた。
「大規模な太陽光発電が建設されるらしい。開発の為に山が切り開かれるんだ」樹はテーブルの上で指を組み、そう言った。「だから、今の内に掘り返しに行かないと危ないかもしれない」
祐輔と梢は青い顔をして俯いている。それは、消す事が出来ない過去の記憶。その過去が時を経て、三人を未来まで追いかけてきた。
ハゲタカ山には、三人が殺した男が埋まっていた。
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