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「初めまして、園田歩です。これから一年間よろしくお願いします」
今までと違う苗字を初めて名乗って自己紹介。名乗りたくない苗字を名乗る、自己紹介。この違和感は、いつ慣れることができるだろう。
「皆さん、拍手をお願いします」
入学式を休んだ故の疎外感。いいよ、どうせわたしはずっとぼっちだろう。
「園田、席に戻れ」
わたしは軽く頭を下げて席に戻った。
「え〜、園田さんは、妹とともに親戚の方の家に居候していて学校の許可を得てアルバイトで家計を手助けしています。
なので、昨日のようにやむを得ず席を外すこともありますが、皆さん事情は理解してあげてください」
教室が軽くざわついた。戸籍のうえでは養子なのだが、そこはあえて突っ込まない。わたしは絶対あんな連中を親だなんて思わない。
「それでは、ホームルームを始めます。皆さん、静かにお願いします」
朝の連絡事項が簡潔に述べられたのち、ホームルームが終了した。
「時間に余裕がほとんどない」
学校が終わると大急ぎで帰宅しないと私服に着替える時間が無い。高校生お断りなのにそこを大目に見てもらえたんだ、制服姿で出勤なんて絶対できない。
わたしは自転車を立ちこぎで漕いで汗だくで帰宅し、軽く汗を拭いたあと間を置かず着替えバイトに向かった。けしてラクな日々ではないが、お金のためにカラダを売るのは絶対に嫌で音をあげずに食らいついた。
そんなある日、ホームルームが長引いた。時間がない、ぎりぎりだ。時間と気持ちに余裕が全く無いなかで、なにかが足首に引っかかった。
「なにがあった?」
ジャージ姿の体育教師に睨まれた。
「すみません、園田さん急いでたみたいで、よけたんですけど足が絡まっちゃいました」
同じクラスの安西くんだ。ぶつかりそうになったとは思わなかったけどな。
「そうか。園田ってお前か? 廊下を走ったらいかんだろ? 小学校も卒業しとらんのか? え?」
「すみません。バイトに遅れそうでしたから」
金縁眼鏡を光らせながら、先生がわたしを見下ろした。たじろぎながらもわたしは理由を素直に答えた。
「バイトだと? 学校の許可は取っとんのか?」
「と、取ってます。両親を事故で亡くして、学費と生活費が必要なんです」
押し問答が止まらない。バイト先には遅刻の旨を連絡しよう。
「先生、園田さんの話は本当です。僕、担任の先生から事情は聞かされました」
安西くんが答えてくれた。
「担任? お前何組だ?」
「2組です」
お願いだから、早くわたしを帰らせて。バイトをクビになりたくない。
「戸田先生に確認を取るぞ?」
「はい、構いません」
「そうか。だが園田、規則を破っていい理由にはならんからな。以後気をつけろ」
やっと終わった。気が重いが、バイト先に連絡入れて、なるべく早く出勤しよう。わたしはこれ以上目をつけられないよう、早歩きで学校を出た。
◇◆◇
「そんな……」
定期試験の結果がひと通り全て返ってきた。赤点の科目は補講を受けなければならない。
毎日高校生がバイトできる22時までバイトして、帰って廃棄の弁当を食べて勉強してから寝てるから、睡眠時間は4時間ほどしか取れなかった。
日に日に疲れで頭が働かなくなっていっているのは実感するが、収入を削る決意を固めることはできなかった。
仕方なく、赤点補講の時間のぶんは、出勤時間を遅らせてもらった。そして補講から解き放たれて、やっとお金をしっかり稼げる、そう思っていた矢先だった。
「いっつもいっつも、なんでこんなことするの?」
また安西に足をかけられた。何度めなのかがわからない。もう、我慢の限界だ。なんでこんなコトされなきゃいけないのかがわからない。
「こっちはなんにもしてないけどな。そっちが勝手に転んで因縁つけてるだけだ」
そんなわけないでしょ。こっちは時間に余裕が無いってのに、わざわざ足を伸ばしてかけてくる。
「ふざけないでくれる? 足かけてるのはそっちでしょ?」
「こっちに非のある話じゃないって言ってるだろ? 廣瀬、俺ら廊下の隅で駄弁ってただけだよな」
「ああ、そうだな」
知り合いだろうがなんだろうが、他のひとに賛同を得れば真実が曲がるとでも思ってるのかな。
「なんなのよそれ? わたしが悪いって言うの?」
「何を言いだすかと思えば、今度は悲劇のヒロイン気取りかよ。それ、自分の責任を平然と投げるクズの定番のセリフだよな」
お前が言うか。理由はよくわからないけど当たり屋なんてしてくるくせに。
「気持ちはわからなくはないけどな。生活が苦しいなか、頑張って背伸びして学区の公立随一の進学校に合格しました。だけど苦学生しながらその授業についていけるほど頭が良くはありませんでしたって、俺でもそんな辛くみじめな現実は受け止めきれないだろうからな」
お前になにがわかるってのよ。わたしは思わず右手を掲げて振り抜いた。ひっぱたきたい衝動を、止めることができなかった。
平手打ちで頬の肉を狙った右手はなぜか掌底が頬骨に当たり、自分の力とは思えない衝撃が右手に走った。
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