1人が本棚に入れています
本棚に追加
「園田。人として最低限度の常識もわきまえないなら、この学校に居させることは出来んぞ」
これは先生最後の通告だ。たったいま、理由があれば追い出したいと言い含められたばかりだ。
謝らなければ、もう本当にこの学校には居られない。仕方ないんだと、わたしはわたしを説き伏せた。
「――安西、くん、この度は、軽率にも暴力を振るってしまい、誠に申し訳、ありません、でした……。どうか、お許し、ください、ませんか」
「安西、園田もこう言っておるぞ」
先生の顔が辟易している。もうこれ以上手間かけさせるな、そんなサラリーマンの目をしている。
「そうですね。かなり引っかかる部分がありますが、今後の園田さんの態度次第ですね。次また同じことがあれば、そのときは然るべき場所に出ることも考えます」
安西に、露骨に今後を示唆する言葉を言い含められた。だけどもう、抗えない。
「園田。今後は謹んで行動しろ。あとバイト先には私の口から説明しておくから、今日はもうまっすぐ帰って頭を冷やせ」
この世の全てが呪わしい。ガードレールで悪ふざけなんかしてたバカ、享楽的な叔父夫婦、卑怯者の陰湿ないじめ。だがこんなものは、まだまだ序の口だったんだと、わたしは後に知ることとなる。
「歩ちゃん、バイトに遅れるわよ」
帰宅すると、叔母さんが身支度していた。
「今日は、休む」
「いくらなんでも稼ぎが悪過ぎるわよ。つい先日まで補講とか言って出勤遅らせてたじゃない」
わたしの稼ぎで違うものって、叔父さんがギャンブルで落とす金額じゃない。
「先生に、今日は休めって言われた」
「そんな学校辞めなさい! あんた、どうせ大学なんて行けないでしょ!」
みんなで同じことを言うな。わたしがわたしであり続けようとして何が悪い。
「知らない! みんな死んじゃえばいいんだ!」
わたしは妹とともにあてがわれた不用品の投げられた部屋に入って扉を閉めた。脱いだ制服をカーテンレールにハンガーでかけ、がらくたと虫の食った衣類の山にもたれかかって、スーパーで買ったパンをかじった。
久々にできた自由時間は、何していいかわからなかった。そんなことを考えていたらまぶたが重くなったわたしはそのまま朝まで眠りについた。
今日のホームルームでは、暴力とそのリスクについて簡潔にまとめた話が述べられた。感情に振り回されてはならない旨や、非常識な振る舞いは当人だけに留まらず集団の信用をも傷つける旨、当人のいちばんのリスクとして集団から社会性を疑われる旨。
皆さんはもう高校生で、考え無しで感情だけで動くことが許されにくい年齢になったんですよと戸田先生は話を締めた。
何を言い含められてるか、わたしは考えたくなかった。だけど考えざるをえないんだろう、『要領』とはそんなもんなんだと。わたしはまんまと嵌められた、そこに我慢以外のカードを切る余地なんて無いんだと。
ホームルームの途中から、そこかしこからひそひそと聞こえてはいた話し声が担任が教室を出た途端に大きな話し声へと変わった。視線と声で突き刺されてるなか、わたしはバイトへと急いだ。
そんなことがあった日から数日経ったある日のこと。皆カバンを手に席を立ち、わたしも帰宅しようとしたときだった。安西に、席ごと壁に蹴り込まれた。
「やめて……、ゃめて……」
机に突っ伏し頭を両手で抱えこむ。
「大丈夫、俺は顔みたいな外から目立つ場所を狙うバカじゃない」
安西は、机を取り上げ振りかぶり、そのままわたしに振り抜いてきた。
「キャア!」
躊躇を一切感じないフルスイングが飛んできた。わたしは恐怖に身をすくめ、間もなく肩が激しく痛んだ。
「何してんだ安西!」
柔道部員の羽鳥くんだ。もしかして、わたしを助けてくれるのかな。
「何って、やっていいこと」
「そんなわけないだろ! ふざけるな!」
羽鳥くんが、安西の胸ぐらを掴みあげた。体格は羽鳥くんのほうが大きい。もしかしたら、わたしは助かるのかもしれない。
「もし法律の話なんかをしてるなら、お前のそれ暴行罪だぜ?」
あなたのそれは違うのか、そう当然ながら疑問に思った。
「そんな話じゃないだろうが!」
羽鳥くんが、がなりながら安西のシャツを引っ張ったそのときだった。羽鳥くんの鼻っ柱を安西のヘッドバットが襲いかかった。
最初のコメントを投稿しよう!