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「そんな話じゃないだろうが!」
羽鳥くんが、がなりながら安西のシャツを引っ張ったそのときだった。羽鳥くんの鼻っ柱を安西のヘッドバットが襲いかかった。
「汚ねぇな、顔とシャツを汚すなよ」
羽鳥くんが鼻血を噴いて、その返り血で安西の顔が血まみれになった。安西は、面食らった様子の羽鳥くんを床面めがけて投げつけた。
「で、話の続きだけど、別にこれってやっていいだろ?」
安西が、顔面から床に落ちた羽鳥くんを問いつめる。右腕に関節技をかけながら。わたしは恐怖で身体が全く動かなかった。
「先に暴行を働いたの、お前。それを正当防衛だけで許すの、俺。言いたいことはわかるだろ?」
安西は関節技をぐりぐりと拷問のようにかけながら、身勝手この上ない持論を繰り広げた。
「だんまりか? え? 都合が悪いとだんまりか?」
「何の話だ」
鼻血を床にまき散らし、羽鳥くんが喉を絞った。
「だ、か、ら、さ。俺は暴力事件の被害者だけど、穏便な話に済ませてあげたいの。ところで羽鳥は大会とか出るの?」
被害者とは、穏便とは。暴力と暴論が塗り重なる。
「一年生は今年は全員応援だ」
「なら折っていいね。俺って怖がりだからさ、この胸ぐらを掴みなんかしやがった物騒な腕を折って使えなくさせないと安心できないんだ」
「やめろ! やめてくれ!」
救いの手を差し伸べてくれた羽鳥くんが蹂躙される。微かに見えた希望の光が絶えていく。
「無理。折らないと安心できない」
「お願いします! やめてください!」
羽鳥くんの目から涙が鼻から鼻血が、そして口から懇願の言葉が次々と溢れこぼれる。望みが絶えると絶望なんだね。
「そっかそっか。なら、ひとつ条件があるんだけど」
「何ですか?」
もういいよ。これ以上苦しまないでくれたらそれで。
「俺が極め技を解いたら即教室から出ていけ。守らなければ次は無い」
「わかりました」
安西が極め技を解くと、羽鳥くんは直ちに出口に向かった。
「羽鳥!」
羽鳥くんの背中がビクリと跳ねた。安西に、屈服させられ萎縮している。
「カバン、忘れてるぜ?」
羽鳥くんは安西からカバンを受け取り、とぼとぼ歩いて教室を出た。希望の光が消え失せた。
「逃げなかったか。その潔さだけは正しいぜ」
わたしは肩を抑えて震えながらその場にへたり込んでいた。恐怖で身体がすくみ上がる。絶望感で身体が重い。安西が膝を持ち上げた。全体重を乗せた前蹴りが、わたしの胸に飛んできた。
「あの後さ、みんなで話し合ったんだけど、やっぱおまえの態度はナメてるよ」
骨がきしんだ。いつ折れるかわからない。わたしは両腕を胴体の前に組んでダメージから身体を守ろうとした。そしたら今度は骨盤めがけて更に前蹴りが飛んできた。
「普通さ、礼儀作法ってモノがちょっとでもあるもんなのよ。敬意って言ってもいいかな。さっきの羽鳥だって、頼みごとがあるときは自ら懇願してきたよ」
安西が、無礼千万に礼儀を語る。
「わからないか? おまえのビンタとおまえの態度は、低脳で野蛮で乱暴極まりないんだよ」
話の通じぬ暴論のなか、両眼と脳が逃げ道を探す。
開けてしまったどてっ腹に、安西につま先をねじ込まれた。
「おまえ、何回俺の足を蹴りやがった? 何回俺にガン飛ばしやがった? 俺から道を空けてやるのがおまえにとって当然だったか?」
「……、そっちが、足かけてきたんじゃん……」
言葉を口から出そうとすると、こひゅーこひゅーと肺が鳴る。そんな暴論、受け入れきれない。
「だからそこだっての。暴力事件の犯人さんが、なに因縁ふっかけてくれちゃってるの? もし警察に話したら、学校は退学バイトはクビだと思うんだけど?」
わたしは露骨に言い含められた。もし話を大きくしたら、わたしのほうが受けるダメージはでかいんだぞと。
「ホントさ、顔面にビンタなんかしてくれちゃって。顔の傷って、外から見て目立つんだよ。もし問題が大きくなったら、この学区随一の進学校の名誉が傷つきここの全員が困るんだよ!」
安西がその場で飛び上がった。落下に合わせ、蹴られるたびに深々めり込む安西の足の踵の部分にわたしの腹を全体重で踏みつけられた。
「深沢、俺が言ってるコト間違ってるか? お前、このカスひとりに振り回されて志望大を逃しなんかしちまったときその溜飲をどう下げるんだ? おまえもわからせたほうがいいぞ」
……、なに、いってるの……?
「安西、こいつ一応は謝ったんじゃねーの?」
「一応はな。俺が謝罪を要求し、戸田に諭されてやっと一応嫌っそーーーな顔で謝罪したな」
こんな理不尽、嫌そうな顔になるに決まっているじゃない。
「この場に戸田は居ないな」
「だからこの場で謝罪の言葉は一切ないじゃん」
「やめて! 許して! わたしが悪かったから!!!」
わたしはまた理不尽に屈した。まえは卑怯に嵌められた。いまは暴力に屈させられた。
「やっぱ、保身が理由でのみ謝るんだな、園田さんは」
それ以外、どんな理由があるっていうのよ。
「で、まえのとき安西はなんて言ったんだ?」
「今後の態度次第で決めるって返した」
逆にわたしのどんな態度が問題だったかわからない。いい加減、ふざけたことを言わないでほしい。
「反省の色、ゼロだな」
「だろ?」
反省って、なに? ずっと理不尽なのはそっちでしょ?
「でも物騒な真似するのはな。あまりコトが派手になると戸田も大変だろうしな」
そうだよ、深沢くん。こんなこと、隠蔽すらままならないよ。
「この場に戸田は?」
「居ないな」
深沢の蹴りがわたしの身体にめり込んだ。それは、飛んでくる足が倍に増えたことを意味していた。
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