猫は後ろ歩きが苦手

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「これからもよろしくね、チェシャ」  最悪だ、その言葉。刷り込まれた条件反射で逃げられなくなる。いや、わかってて言ったのか。 「……。これからってなんだよ。付き合い長いわけでもねえのに」 「付き合い長いよ?」 「!」  その声はあの司祭だった。 「小汚い格好は化ける基本だよ、君だって今日見違える見た目じゃないか」  ケラケラと笑うマルセル。なるほど、引き際はもっと前だったか。ベモンの下で働くか、の選択肢の時か? それとも俺がかっぱらいやってた時? いつだろう。  いや、きっといつだって同じだ。猫って、後ろ歩きが苦手だ。ソロリソロリとしか動けない、俊敏な猫とは思えない無様な動き。その隙に首根っこ掴むのなんて朝飯前だ。猫が引き際で逃げるなんてできるわけなかった。  こらからもよろしく。この言葉は呪いみたいだ。相手にとって都合のいい「よろしく」なのだから。引き攣った顔で笑う以外、俺に何が出来る。 「そうそう、笑ってよ。チェシャ猫はニヤニヤしてるものでしょ?」  やかましい。
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