18人が本棚に入れています
本棚に追加
朝七時
私立夜名原高校。
最寄駅から徒歩十分程度にあるその高校には、珍しいことに祠がある。
私はそこに毎朝通い続けていた。
祠に祈りにいくのは朝七時前。朝練の生徒たちがまだ来ていない時間帯に校舎を横切り先生たちの駐車場に向かう。そこの藪の中に、祠があるのだ。
私は一度止まってすぅっと息を吸い込む。朝の澄んだ清らかな空気がこの道を歩くときだけは神聖なものに変わっている気がする。今から神に祈りに行くのだから、罰が当たるような行いはしないようにしなければ。私は背筋を伸ばして、固く一歩を踏み出した。
と、気合を入れたものの。いつもこの藪を抜けた時には、制服は葉っぱだらけになっているのだが。本当になぜこんなところに建てたんだろう。
心の中で文句を言いながら藪をかき分け抜けると、見慣れた祠が姿を現した。
そして、見慣れた作業服を着た金髪の男性も。
その人は私に気づいて振り向いた。
「よう、魔法使い。今日も早いな」
煙草をふかし、横に長い切れ長の目元を細めて笑うその男性、魔法使いと私を呼ぶこの人は、学校の用務員の叶夜さんだ。歳はたぶん二十代後半ぐらいで、生徒なら校則違反の金髪をさらりと襟足にまで伸ばしている。
この神聖な祠に不似合いなこの作業服姿。いつもの朝の光景だ。見慣れてしまっている自分に呆れて溜息をつきながら、スカートについた葉っぱを払った。
「だからその魔法使いってやめてくださいって」
「なんで? かっこいいじゃん」
私の名前は柊 灰音なんですけど。と言おうとしたけれど、本当に不思議そうな顔をしてこちらを見てくる叶夜さんをみて、無駄だと悟りやめた。
叶夜さんを横目で捉えながら、屈んで祠を見据える。隠れるように置いてあるせいで、古めかしく苔むしているが、その汚さが逆に荘厳さを醸し出していて、私は好きだったりする。
私はいつものように祠の前で手を合わせて目を瞑った。
縁結びの祠。
どうしてそんなものが学校にあるのか、その歴史は不明。ご利益もあるとかないとか。そんな不明瞭であてにもならない祠だ。
けれど、私は毎朝こうして祈り続けている。叶えたい望みを、叶えてくれると信じて。
最初のコメントを投稿しよう!