初恋

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初恋

 そもそも私が誰かと付き合えたことが奇跡だったのだ。  一年生の秋の頃だった。  休日に学校の忘れ物を取り来た時、たまたま体育館で男子バレー部が他校と練習試合をしていた。廊下まで聞こえてくる歓声に興味を持った私はその試合を観に行ったのだ。  夜名原高校の男子バレー部は、インターハイ予選ベスト八の実績があり、割と強い方だ。試合相手も強豪で名が通っている学校だったと思う。そのためか休日にも関わらず、応援しているギャラリーも多かった。    男子バレー部に興味のない私でも、一人知っている人物がいるとすれば、同じクラスの木原君だった。明るく気さくで、一年生でバレー部のレギュラー入りしていることもあってか、クラスでは人気だった。いつも楽しそうに周りと話していた木原君しか知らなかったから、汗を拭って眉間に皺を寄せた彼の真剣な表情に私はドキリとした。  最初はよくわからず眺めているだけだった私も勝ってほしいという周りの熱量にあてられて、汗ばんだ手を祈るように組んでいた。  試合は夜名原高校が勝った。  試合終了のホイッスルを聞くと同時に、私は深く息を吐いた。どうやら無意識の内に息を止めていたらしい。それほど彼らの試合に夢中になっていたんだ。  ふと、喜んで仲間と抱き合ってる木原君を見つめた。目尻に皺を寄せてくしゃっと笑っている。学校で友達と笑ってる顔と違って、本当に嬉しい時はそんな風に笑うんだなと、そんなことを思って、少し顔に熱を残しながら体育館を後にした。 「柊! おはよう!」  週明けの朝。自分の席に座るとともに突然後ろから声を掛けられ、びくりと心臓が飛び跳ねた。恐る恐る後ろを向くと、木原君が笑顔で私に近づいてきている。私は焦った。いつもは教室で挨拶なんかしてこないのに。  あまりに緊張して口をパクパクさせている私を気にせず、木原君は話しかけた。 「この前、練習試合観に来てくれたよな! 応援サンキューな! 聞こえてたぜ!」  見上げた彼の笑顔が眩しかった。試合後と同じ、彼のくしゃっとした笑顔が私にだけ向けられている。  スクールカースト下位の私はクラスではいつも遠巻きで彼を見ているだけで、もちろん話したことなどない。きっと彼に認識すらされていないと思っていた。  それなのに。  私を見つけてくれたんだ。あの大勢の中から。  その事実が何よりも嬉しかった。
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