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「そのままで良かったのに……着替えちゃったの?」  湊は残念そうに眉を下げた。馬鹿言え、と肇は湊を睨む。 「あの格好のままだったら、注目されまくりだぞ? ただでさえお前は目立つんだから」 「……むしろその方が都合良かったのに」 「何か言ったか?」  肇はボソッと言った湊の言葉が聞き取れず、聞き返すが「何でもない」と言われたのでスルーした。  二人は賑わう廊下を、眺めながら歩いていく。どの生徒も勧誘に必死で、大声で声掛けをしている。 「ってか、文化祭なんだから、それこそ好きな子と見るもんじゃないのか? これを期に告白してみるとか」  興味を引かれるものが無いので、ただ歩くだけになって、間が持たないのでそんな話をしてしまう。  すると、湊の足が止まった。 「湊?」  湊は驚いたような、困ったような顔をしている。口元に手を当て、何かを考えているような素振りだ。 「俺、肇にそういう話、したっけ?」 (しまった……)  湊に好きな子がいると知ったのは、肇が盗み聞きしたからだ。これではそれがバレてしまう。 「い、一般論だよ一般論! こういうイベント事って、そういうの盛り上がるじゃないか」  肇は慌てて取り繕う。湊は何故かホッとしたような顔をして、一般論ね、と呟いた。 「ぶっちゃけどーなんだ? 好きな子いるのか?」 「そういうのは、自分が言ってから聞くものだと思う」  湊はニッコリ笑って言う。それもそうだな、と肇は苦笑した。この間話した状況と変わらないからだ。 「俺は相変わらず。恋愛とかよく分からん」 「そっか……」  湊は相槌を打った。それ以降彼は黙ってしまい、肇は突っ込む。 「おい、お前がオレから言えって言ったから言ったのに、お前は話さないとかどういう事だよ?」  人に話させておいて、自分は言わないのはずるいぞ、と言うと、湊はああごめん、と思い出したように言う。 「好きな子はいるんだけど……今回も厳しそうだなぁ」  湊は眉を下げた。困ったように笑う彼を見て、何故か肇も胸が苦しくなる。  肇は、せめて少しでも上手くいけばいいと、彼に同情した。 「お前は良い奴だし、それが上手く伝わるといいな。初めは嫌いだったけど、今はお前の事応援したいと思うよ」 「……っ」  肇はそう言って湊を見た。すると彼は視線を逸らす。そしていつか見た、何か言いたげな、苦しそうな表情をするのだ。 (そんなにその子の事、好きなんだな)  彼にこんな表情をさせるなんて、一体どういう子なんだろう、と肇は思う。  なんにせよ、テンションが下がってしまったので、申し訳ないと思いつつ歩いていると、湊が口を開く。 「何か……肇、出会った時から変わったよね」 「オレ?」  意外で聞き返すと、湊は頷いた。 「最初はもっとトゲトゲしてた。クラスにも馴染めてるみたいだし、うーん……柔らかくなった?」 「あっそ」  唐突に褒められて、肇は照れて素っ気ない相槌を打つ。 「ちょっと、いつも言いたい事言えって言うくせに、その反応はないんじゃない?」  湊は笑った。肇はオレが恥ずかしくなるような事は、言わなくても良いんだよ、とめちゃくちゃな理論をかざすと、湊はますます声を上げて笑う。 「体育館の方に行ってみる? 有志の催し物やってるし、移動してるより目立たないかも」 「おう」  湊の提案に、肇は同意した。これ以上からかわれなくて良かった、とホッとする。 「肇は音楽とか聞く?」 「あー……アニソンなら聞くけど。その繋がりで知ったバンドとかの曲も」 「そうなんだ」  何だか湊は嬉しそうだ。肇は思い付いたアニメの主題歌を挙げていくけれど、湊はピンと来ないようだった。お前は? と肇は聞くと、湊は答える。 「俺は……ハードコアとか、メタルとか……激しいのが好きかなぁ」  肇は湊の好みが意外過ぎて、思わず彼を見た。湊は笑う。 「意外って顔してる」 「そりゃまぁ……」  でも何だか妙に納得した。彼の内にこもった鬱憤は、そういった音楽を聞く事で解消されているのかな、と肇は思う。 「雑音が気にならなくなるのが、好きな理由かな」  笑顔でそういう事を言う湊に、肇は彼の違う一面を見た気がした。  二人は体育館に着くと、中に入る。バンド演奏で盛り上がっていたはずの客席が、湊の姿を見つけては彼に視線を送るようになってしまう。 「多賀先輩じゃん、かっこいい~」 「ホントだ、やっぱイケメンだよねー」 「ねぇ、隣にいる人は誰?」  女子たちがそう騒ぐのに対して、湊はいつも通り笑顔で手を振っている。その度に黄色い声が上がるから、ますます注目を浴びるという悪循環だ。 「多賀くんの隣にいる子、可愛いけど誰なんだろ? 一年生?」  しかも何故か肇まで注目されている。これはここに来たの、失敗だったかなと肇は慌てた。  すると、曲が終わった。ボーカルがマイクを持ち直すと、ビシッと湊を指差す。 『おい多賀! お前客の視線を持ってくんじゃねぇ!』  すると、ドッと客席が沸いた。 「あ、見つかっちゃった」  湊は笑顔でそう言った。いや、今更だろ、と肇は突っ込むと、ボーカルは更に湊に向かって言う。 『多賀、こっち来い。壇上来い』 「えー……」  湊は眉を下げて困ったように笑う。どうするんだ? と肇が聞くと、とりあえず行ってみるよ、待っててと歩き出した。  湊は軽い足取りで壇上に上がると、客席がザワつく。 『今から多賀に、ピアノを演奏してもらいます』  ボーカルが、壇上にあったピアノを指した。湊は動じた様子も無く、ピアノ椅子に座る。 (え、どうするつもりだよ湊)  肇は何故か緊張して、キュッとこぶしを握った。まさかいきなり演奏するんじゃないだろうな、と見守る。  湊は鍵盤に指を置くと、一呼吸置いて音を奏でる。 (うわ……っ)  肇は一瞬で、その音に惹き込まれた。  綺麗だけれど、物悲しいメロディーは、肇の胸をギュッと締め付ける。 (聞いた事ある……戦場のメリークリスマスだ)  ワンフレーズ弾いたところで、ギターとベースとドラムが入ってくる。テンポも上がり、わぁっと客席が沸いた。 「やばい、多賀くんめっちゃかっこいい!」  近くにいた女子が騒いでいる。肇も同意見だ、と彼から視線を外せなかった。  ピアノも弾けるとか、どれだけチートだよ、と肇は思うけれど、器用な彼は、どれにも情熱を注いでいるようには見えない。  彼が本当に望んでいる事とは、一体何なのだろう? 肇は知りたいと思った。  曲が終わると、湊はバンドメンバーとハイタッチをして壇上から降りてくる。 「お前、ピアノも弾けるとかどれだけチートだよ」  しかも飛び入り参加で、と肇は言うと、湊は苦笑した。 「いや、前に遊びで合わせた事があったから。全くのアドリブではないよ」  それでも、練習も無しにあれだけ弾けるのはすごい、と肇は言う。 「あはは、いや……あんまり褒められると……」 「何だよ、立派な特技だろ?」  肇は言いながら、湊の様子がいつもと違う事に気付く。視線が合わないし、笑ってはいるけど、薄暗い中でも耳が赤くなっていくのが分かった。 (もしかして、コイツ照れてる?)  あれだけ人に注目されても動じないのに、何故いま照れる、と肇まで恥ずかしくなってきた。 「何で照れてるんだよっ、こっちまで恥ずかしくなるだろっ」 「ごめん、何か……肇の言葉が刺さったから……」  そう言って二人で照れていると、何だこの状況、と肇は歩き出す。 「あ、待ってよ」  湊が付いてくる。  二人は体育館を出ると、湊のクラスでお好み焼きを買い、二人でシェアして食べた。  肇は、友達とこうやって回るイベント事は初めてだったので、悪くないな、と思う。 (ただ、行く先々で湊が注目されなければな)  隣でヘラヘラ笑う湊を、やっぱりイラッとしながら見る肇だった。
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