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「一体どういう事? 何で俺だけお父さんの事、話してくれなかったの」  昼休み、またあの場所へ肇は行くと、湊が司に詰め寄っているところだった。  責めるような言い方だったが、司の方は相変わらず真顔で返す。 「お前はブランドを知っていた。興味本位で父に近付かれると、面倒だと思ったからだ」  司の言葉に湊は図星だったのか、一瞬言葉に詰まる。 「そりゃあ、興味はあるけど……好きなブランドだし……」 「えっ?」  後半は声が小さかったけれど、肇にも聞こえていた。しかし何故か、純一が声を上げて反応している。 「湊がセダール着てるところ、想像できない」  純一が正直過ぎる感想を漏らした。湊はとんでもない、と手を振った。 「いや、着たい訳じゃなくて……見るのが好きと言うか」  湊の話によると、セダールは三十、四十歳代をターゲットにしているものの、時折子供っぽい遊び心があるのが好きらしい。  肇は湊の話を聞いていて、こんな一面もあるんだな、と思って嬉しくなった。 「雑誌を見てて、気になる服だと思ったら大体それなんだよね。まさか司のお父さんのデザインだったとは」 「湊だったらモデルやれるんじゃね?」  肇がそう言うと、司はいや、と否定する。 「湊は父と会わない方が良い」 「何で?」  どう考えても適材適所だと思うけど、と肇は思うが、司が黙っていたのはそう簡単な事情ではないようだ。 「あー……(るい)さん……司の親父さん、かなり偏ってる人でさ。この間俺のねーちゃんともう一人で打ち合わせしてたところを目撃したんだけど、ねーちゃんと以外は喋りもしないの」  純一が困った顔で説明をする。純一の姉はアパレル系の仕事をしているそうだが、連れて来た部下には目もくれなかったそうだ。 「湊には目もくれないって事か?」  肇が聞くと、司は多分な、と頷いた。では司は何故、肇をスカウトしたのだろう? そんな偏屈な人なら、肇だって気に入られるか分からない。そう疑問に思った事を聞くと、司は何故かチラリと湊を見た。 「湊、怒るなよ?」 「何で俺が出てくるの?」 「………………俺の好みと父の好みは似ているから」 「何だよそれ!」  司の言葉を聞いたとたん、弾かれたように湊が叫ぶ。ホントムカつく、と湊は肇に抱きついてきた。 「俺は湊の事、友達として好きだぞ」  司は相変わらず真顔でそんな事を言っている。肇は湊に少し同情し、彼の頭を撫でた。 「司、オレ……こんな状態の湊に、話に乗るって言えない」 「だろうな」  司は目を伏せた。隣で純一が、残念だって思ってるでしょ、と言っている。何故分かるのだろう? 「はじめー……」 「はいはい」  湊は多分、怒ってるのと拗ねてるので複雑なのだろう。これだけ表情を出せる友達がいることは、いい事だと肇は思う。  すると、司がじっとこちらを見ている事に気付いた。なに? と肇は聞くと、いや、と司は視線を逸らす。そうされるとムカついて、聞かずにはいられないのが肇で、言えよ、と司を睨んだ。 「…………身体的接触に照れが無くなったな、と思っただけだ。何があったかは聞かないでおく」  司の言葉に、肇は聞き出した事を後悔する。カッと顔が熱くなって、湊を離そうと身体を押すけれどビクともしない。 「こら湊、離れろよっ」 「嫌だ」 「湊が駄々こねてる……珍しい」  横から純一の声がする。それにしても、司の観察眼は鋭すぎて怖い、と肇は思った。普段話さない分、人のことを見る癖があるのかな、と勝手に憶測する。 「あ、飯食おうぜ、湊」  宥めるように背中を叩くと、彼はやっと離れてくれた。 「もう……純一、司の弱点ないの?」  昨日と同じ位置に座って、それぞれお昼ご飯を食べ始める。純一はうーん、と考えていた。 「純一、これやる」  司はいいタイミングで、純一の口元に一口大に切ったハンバーグを差し出す。純一は喜んでそれを食べる。 (司も弱点は知られたくないんだな……ってか、弱点らしい弱点あるのか?)  微笑ましいと思って見ていた肇は、話の腰を折られて口を尖らせた湊を見る。  あ、なるほど、と肇は思った。弱点を湊に知られたくないという事は、と肇は思わず今考えた事を口にしてしまう。 「司もそれなりに湊の事を意識してんだな」 「……」  沈黙が降りた。  最初にそれを破ったのは湊だ。 「いやいや、それは無いでしょ」 「…………」  苦笑する湊に対して、司は黙って弁当を食べている。でも、と肇はまた司を見ると、彼は完全に我関せずオーラを出していた。 (あ、オレ、結構図星な事言っちゃったかも) 「司の弱点はアレだ、累さんだよ」  ハンバーグを飲み込んだ純一が、ニコニコと無邪気に話す。 「累さんに湊が気に入られないのは本当かもしれないけど、司、累さんの前では結構……」 「純一」 「ふがっ」 「気が済んだか? 湊」  司は純一の口を手で塞ぎ、湊を見る。こんな時でも表情が変わらないのは面白い人だな、と肇は思った。 「あ、…………うん」  意外とあっさり頷いた湊は、まさか司の弱点が彼の父親だとは思ってなかったようだ、それ以降は食い下がらなかった。 「純一」 「や、だって……っ」  司が弁当を置いてジリジリと純一ににじり寄って行く。二人の顔が接近したので、肇はこれ以上見てはいけない、と前を向いて再び弁当を食べ始めた。 「ちょっと! んっ……」  やっぱり、と肇は顔が熱くなる。ってか、こんな所でそんな事をするなと言いたいけれど、身体が動かないし声も出ない。 「相変わらずだねぇ……」  湊が苦笑している。どうやら、これはいつもの事らしい。次第に熱を帯びていく純一の声に、肇は堪らなくなって前を向いたまま怒鳴った。 「お前ら、よそでやれ!!」  静かな廊下に、肇の声が響いた。
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