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「はぁー、この日の為に生きてるなぁ!」  肇はごった返す人混みの中、熱気に溢れる会場を見渡して言う。  あれから頑張って衣装を完成させた。細かく修正したい所はあったりするけれど、それはおいおいやるとしよう。  コスプレ用の受付に行って更衣室に入る。中もやっぱりすごい人で、肇は気分が高揚するのを感じた。  周りの人に挨拶しつつ、早速着替えに取り掛かる。ピンクの衣装に袖を通すと、自分の中のスイッチが切り替わる感じがした。メイクをして、ウィッグもかぶれば、そこにはもう肇という男の子はいない。 (うん、髪飾りは苦労して作ったかいある)  鏡で確認すると、これもまた自作の、魔法少女には必須の杖を持って荷物をまとめる。このまま撮影ブースに行けば、レイヤー仲間にも会えるだろう。肇は更衣室を出た。  屋外に出ると、すぐにそこは撮影ブースだ。待ち合わせしている場所はそこなので、キョロキョロとしながら歩く。 「あ、ロンギヌスさーん。こっちですー」  声を掛けられた方を見ると、肇と同じような衣装を着た女性がいた。ちなみにロンギヌスとは、肇のコスネームだ。 「いやーん、相変わらず可愛いですね」 「みかんさんこそ、すっごい細かい所まで作りこんでるじゃないですか。制作にどれくらいかかったんです?」  お互いに褒め合うと、やっぱりメインの衣装製作の話になる。今回同じアニメのキャラをやるということで、二人で合わせようとなったのだ。 「じゃ、とりあえず記念に一枚撮っておきますか」  みかんがそう言ってスマホを取り出す。自撮り用に二人で顔を決めると、なかなかに良い一枚が撮れた。 (この、非日常感が良いんだよな)  すると、周りにいたカメコさんから撮っても良いですか? と聞かれ、あっという間に撮影会になった。  いくつかポーズをとっているうちに、みかんが手を繋いでくる。この二人のキャラクターは、百合っぽい描写が多く、子供向け番組なのに男性に人気があったりするのだ。  肇は両手を胸の位置で指を絡めて握り、みかんと額を合わせる。  数秒間そのポーズでいると、どちらともなく離れた。 「うわー、やっぱりキャラクターとはいえ、照れますね」  みかんが暑い、と手で扇ぐ。肇は笑った。  その後、みかんは別のレイヤーさんとも会う約束してるから、と別れ、肇も次の待ち合わせの人を探す。 「おーい、ロンギヌスー」  呼ばれて振り返ると、白い大きな箱を顔だけくり抜いてかぶり、白塗りメイクをした男性が立っている。 「……黒ネギさん? それ何のコスプレです?」  足は白タイツをはいていて、箱からはコードらしき紐が付いていた。その先は何となく、ライトニングケーブルのようになっている。 「スマホの充電は大事だぞって、みんなに注意喚起をだな」 「それでモバイルバッテリーですか。この暑いのによくやりますね」  肇は苦笑する。待ち合わせしていたのはこの黒ネギだった。今は笑いを取りにいったコスプレをしているけれど、普段はもっとイケメンなキャラをやっていたりする。 「おっと、珍しい組み合わせですね。撮影しても良いですか?」  モバイルバッテリーと魔法少女という組み合わせは、多分今後も無いだろう。珍しがったカメコさんに声を掛けられる。二人は了承し、ポーズを決めた。  カメコさんが去った後、黒ネギはそう言えば、と思い出したように言う。 「お盆明けのスタジオ、衣装はできてるか?」 「はい、ちまちまと進めていたので、もうできますよ」  肇はスマホを取り出し、だいぶ前から少しずつ作っていた衣装の写真を見せる。キラキラした衣装は、男性アイドルのキャラクターのものだ。 「やっぱすごいな。これ着て撮影とかテンション上がる」 「ありがとうございます」  肇はにっこり笑う。普段の肇では絶対しない表情だ。 「しっかし、ロンギヌスもBL読む人で良かったよ。この作品じゃ、一人でやっても寂しいだけだしな」  肇たちがやろうとしているコスプレは、アイドル同士のボーイズラブを描いた作品だ。実は腐男子でもある肇は、仲間がいるならと、この話を快諾した。 「オレの方こそ、あの作品を語れる腐男子に会えるなんてと思いました。少女漫画以上の葛藤があって、キュンキュンしますよね」  肇は熱く語る。黒ネギもうんうんと頷いていた。  その後しばらく黒ネギと話し、最後の待ち合わせ人を二人で待つ。 「あ、来た来た。リョウスケさん!」  肇が手を挙げて呼ぶと、彼は気付いてこちらにやってきた。リョウスケは元々黒ネギと知り合いでカメラマンだ。その繋がりで肇も撮ってもらうようになり、いつの間にかこういうイベントでは、三人でつるむようになっていた。お互い歳も本名も分からないけれど、好きなもので繋がっている距離感が、肇には心地良い。 「うわー、ロンギヌスやっぱ可愛いな」  リョウスケはそう言うと、許可もなくシャッターを下ろす。 「ちょっと、勝手に取らないでくださいよ」 「安心しろ、今のは俺のオカズ用だ」 「余計にダメなヤツですそれ」  本気なのか冗談なのか分からないノリのリョウスケは、性格はともかく技術は良い。しかも加工編集もかなりの腕前で、プロとしてやってるとかやってないとか。  お盆明けの撮影は、この三人でやる事になっている。肇はリョウスケにピンで撮ってもらっていると、人がどんどん集まってきて撮影会になった。  そうこうしているうちに、あっという間に一日が過ぎてしまうと、お盆明けにまた、と黒ネギとリョウスケと別れる。肇は初日のみの参加で、あとは黒ネギとの合わせの衣装製作に徹するつもりだ。  肇は家に帰ると、リョウスケから早速今日の写真データが送られてくる。さすが、仕事が早いなと確認してみると、最初に無断で撮られた写真も入っていた。 (無防備な表情は……恥ずかしいな)  リョウスケからは、加工編集やるなら連絡くれと来ているけれど、イベントのその場の雰囲気を大事にしたかったので、そのままいくつかSNSにアップする。  肇のコスプレ用アカウントはそれなりにフォロワーがいて、あっという間にいいねが付いていくのだ。今回も、新規のフォロワーさん付くといいな、と肇は楽しかった一日を振り返って、寝床に就いた。
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