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8
亮介たちは宣言通り、肇のバイトが終わるまで待ってくれていた。
なるべく早く帰り支度するから、と外で待ってもらうように言って、ロッカー室に行くと、湊がいる。
今日はやたらと絡んでくるので、話しかけるなオーラを出して着替え始めた。
「小木曽くん」
やっぱり話しかけてきた湊は、無視しようとしていた肇をイライラさせる。
「一緒に帰ろ?」
「は? 何で」
今までそんな風に誘われた事なんて無かったのに、急にどうしてだ、と肇は思う。
「何でって……友達になりたいから」
「友達待たせてるから。じゃな」
肇は湊の言葉には答えず、何でまた、とうんざりして足早にロッカー室を出る。
初めて会った時、仲良くなりたいと言って話しかけてきた湊。しかし最近は今日のように積極的に絡もうとしてこなかった。急にどうしたんだ、と思う。
裏口から外へ出ると、店の入口付近で二人は待っていた。小走りで近付くと、二人も肇に気付く。
「すみません、待たせてしまって」
「ああ、いいよいいよ。無理矢理来たのこっちだし。……はいROM」
肇は亮介からROMを受け取る。
「じゃ、俺の用事は終わったから帰るわ」
そう言った亮介は、怜也を置いて一人で去っていく。どういう事? 怜也も一緒に行かないのか? と目線で訴えると、怜也は苦笑した。
「ごめん、アイツの用事は俺のついでなんだ」
「どういう事です?」
訳が分からない。それでは怜也は別に、自分に用事があると言うのか。
「……もう少し人けのない所に行かないか?」
「あ、うん……良いですけど……」
肇はこっちです、と駐車場の端、裏口から少し離れた場所に行く。ここなら裏口から出てくる人からも、会話を聞かれることはないだろう。
(しまった、多賀ってまだ中だよな……)
店はまだ開いているけれど、湊は肇と同じ時間に上がりだった。もうそろそろ出てくる頃だ。姿は見えるので、話しかけてこなければ良いけれど。
「……で、用事って何ですか?」
肇は怜也を見上げる。怜也は店に来た時から視線が合わず、今も地面を見つめているばかりだ。
「……あー、……うん……」
「もー、怜也さんらしくない。何なんです?」
歯切れの悪い怜也に、肇は早く話せと促す。
怜也は大きく息を吐くと、肇をじっと見つめた。肇は先日怜也とコスプレしたキャラクターを連想する。
(ほんと、二次元から出てきたような顔だな……)
「……付き合ってほしい」
「え? どこへ?」
話に集中していなかったからか、肇はそんな言葉が出てくる。
「うーん! ベタなボケありがとう! ……じゃなくって!」
怜也は大袈裟にズッコケるふりをした。肇は思わず笑う。いつもの怜也が戻ってきたようでホッとした。
「俺、肇が好きなの。だから付き合ってほしい」
「……」
肇は黙る。そして言葉の意味を理解して、一気に身体が熱くなった。
「おっ、照れるって事は可能性はあるって事か?」
「えっ、いや、あの……っ」
肇は言葉が出てこなくて慌てる。突発的なできごとに弱い肇は、こういう時に語彙力が無くなるのが嫌だと思った。
「すみません。突然の事で……えっと……」
頭がフル回転し過ぎてパニックになっている中、一生懸命言葉を探す。
「肇」
怜也に呼ばれて、彼を見上げた。切れ長の目が優しく肇を見ている。
「イエスかノーで良いから」
肇は視線を落とした。言葉を探している肇に気付いて、二択で良いと言ってくれ、優しいなと思う。
どうにか傷付けずに済む方法をと思ったけれど、肇の答え自体がもう、怜也を傷付けずにはいられなかったのだ。
「……………………ごめんなさい」
肇は消え入りそうな声で言う。
「ちょっと、何で肇の方が泣きそうなんだよ……」
「いや、何か…………どう言っても怜也さんを傷付けそうで……」
そう言うと、怜也は苦笑して肇の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「分かってる。優しいお前だから好きになったんだ。……ありがとうな」
「……オレは優しくなんかないですよ」
肇はそう言いながら、この店や、学校にいる時の自分を思い返す。特に湊には、年上なのに遠慮なんてしていない。
「優しいよ。不器用なだけで」
そう言って、怜也は笑う。手先は器用なのにな、と言われ、肇は複雑な気持ちになった。
「ありがとうな。……また合わせやろう」
怜也の言葉に、肇はホッとしながら頷く。振られて会うのが気まずいと思うのに、そう言ってくれるのは怜也の良い所だなと思った。
怜也は笑顔で去っていった。途中まで一緒に帰る事もできたけれど、気分的に一人になりたかった。
肇は歩き出す。
肇は、好きな人がいた事がない。恋愛漫画は読むけれど、自分の事に関しては、恋愛に憧れも興味も無かった。怜也の告白を断ったのは、恋愛対象として彼を見ていなかったからだ。
(人を好きになるって、何なんだ?)
例えば怜也も亮介も、好きか嫌いかで言ったら好きになる。でも多分、恋愛の好きはまた違う種類の感情なのだろう。
「……分かんねぇな……」
肇の呟きは、車の走る音にかき消されて聞こえなくなった。
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