ゲレート

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 仕事が終わった宮島は予約していたレストランに飛び込んだ。名前を告げてウエイターが案内してくれた席に古賀は座っていた。出されたお冷と手に持つ文庫本で時間を待っていたようだ。席に着くなり古賀は物語から離れて笑顔を見せた。 「お疲れ様」 「遅れてごめん」 「いいよ。私も読みたいところまで読めたし。今から食べることに専念する」  それから二人で三人分の料理とお酒を注文して夕食を愉しんだ。古賀は学生時代からよく食べるしお酒も強いのに見る限りでは太っていない。いっぱい食べたいし飲みたいから週に三日ほどはジムで運動をしているらしい。  フォークとナイフを動かす間、宮島は古賀に転勤の話をしようと何度も試みたが、結局できなかった。距離が離れるとこれまでの頻度で古賀と会うことはできない。そう思うと口が思うように動かなかった。  レストランから出た宮島はそのまま古賀と一緒に家へ帰るつもりでいた。しかし、お腹を抱えて振り返った古賀は「ゲーセン行こう」と宮島の家とは逆方向に足を進めた。ゲームセンターなんて学生ぶりの宮島だったが入ってみれば十分に楽しめた。バスケットボールで汗をかいて、ホッケーで白熱し、宮島たちが撮っていた時とは比べ物にならない加工具合のプリクラに口をあけて笑った。  久しぶりに体を動かして少し疲れたころ、古賀がUFOキャッチャーの前に止まって小銭を投下し始めた。宮島が少し離れて見守る中、古賀はガラスに鼻を寄せて時には体をねじって角度を変えて狙いを定めていた。古賀が狙っているのはピンクのカラーボールに乗っかっているクマの人形だった。彼女がボタンを押すとアームがゆっくりと例の人形の上に降りていく。しかし、アームは人形の脇を掠っただけで空をつかんで虚しく退散した。古賀は粘って何度か試したが、一度も人形を持ち上げることすらできなかった。 「手前のクマなんか半身落ちているから取りやすいんやない?」 「私はあの子がいいの」 「どうして」 「直感。引き寄せられるものに理由なんてないの。出会った瞬間お互いだけにしかわからないんだから」  古賀が次の回の小銭を入れる前に宮島が財布から小銭を取り出して投下した。それから古賀がしがみついていた場所に割り込んで矢印のボタンでアームを調節する。最後のボタンを押すとアームは熊を包み込むようにつかんで出口まで連れてきてくれた。  手に入れた人形を古賀に渡すと、彼女は破顔して人形を抱きかかえた。人形は宮島をじっと見つめていた。 「それで結局打ち明けられなかったということか」  ゲレートが淡々と事実を突きつける。宮島は苦笑した。 「また今度言うよ。そうすぐに引っ越すわけやないんやし」 「彼女と君は直感で引き寄せられて見事に結びついた。相手を信じなければ結び目は簡単に解けてしまう」  風呂でも入ろうとリビングを後にする宮島の背中にゲレートの声が届いた。  風呂場から出てベッドに寝転んでも宮島はなかなか寝付けなかった。逡巡している心を鼓舞して宮島はスマートフォンの通話ボタンを押そうとしたが、思いとどまって古賀宛にメールを送った。 『明日、会えないかな。話したいことがある』  送信してすぐに『いいよ』と返信が帰ってきた。それから待ち合わせの時間と場所を簡単なやり取りで決めた。 『おやすみ』の一言で終わった画面を消さずに宮島はスマホを枕元に置いた。枕に頭を預けるとすぐに瞼が重くなった。  宮島は視界が暗くなるのとスマホの画面が消えるのとどちらか早かったか思い出せなかった。
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