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引っ越し荷物を載せたトラックがウインカーを出して走り出す。手元にはボストンバッグとゲレートしかなかった。
「じゃあ、頼むな。説明書は探したんだけど見つからんかった
「大丈夫。ゲレートが教えてくれるから」
宮島が渡したゲレートを古賀は大切に受け取る。ゲレートが振り返って宮島を見る。
「しばらくの別れだな」
「ああ、五年だっけ。一緒に過ごしたの」
「そうだ。冴えない日々だったがそれも良き思い出だ」
ゲレートは一拍置いて、
「MKーG2603は宮島と出会えたことをうれしく思う」
「こちらこそ、ありがとう」
宮島は段ボールの蓋をそっと閉じた。
「じゃあ、元気でね」
ゲレートを抱えた古賀はそう言って駅の改札口で見送ってくれた。
しかし、春までに宮島は古賀のもとに帰ることはできなかった。雪の降る年末のことだった。知り合いから古賀が亡くなったことを知らされた。奇しくも旅行代理店で飛行機のチケットを買ったばかりのことだった。聞けば古賀は今年から体調に異変を感じて検査をしたところ病気が見つかった。医者からは入院を勧められていたが、古賀はすぐには首を縦に振らなかった。彼女が入院を決めたのは夏に入る前と聞き、宮島には思い当たる節があった。
宮島はそれから一週間はふさぎ込んだ。目は覚めても体は動かず、色のない世界に再び逃避した。家のこともせずに酒を飲む日が続いた。古賀は一人で病気と闘っていた。古賀が見せた笑顔に陰りを感じたのに疑問にも思わなかった。寧ろきれいだと思ったことさえ腹立たしかった。
憔悴している宮島のもとに宅配便が届いた。玄関でサインして部屋に持ち込んだ段ボールの一つは見覚えがある。もう一つは知らないスナック菓子の段ボールだった。見知った段ボールを開けると中にはゲレートがいた。
「その顔だとすべて知っているのだな」
返す言葉も喉から出なかった。事細かに知っているわけではない。しかし、古賀がいない世界になったことが宮島にとってすべてだった。世界がひっくり返ってしまった。
「古賀から伝言を承っている」
箱から出したゲレートは宮島の顔を見て口を開いた。
「ゲレートがいてくれたおかげで君を思い出すことができた。ゲレートを返すついでに今度は私のプッペを君に預ける。大切にしてほしい」
宮島がもう一つの段ボールを開けると中にはあの日取ってあげたクマのぬいぐるみが入っていた。そういえばゲレートの名前も古賀が命名したのを思い出した。プッペとゲレート、手狭な部屋が余計に窮屈になったが、今は心強く感じた。プッペを見つめる宮島にゲレートが声をかけた。
「古賀は孤独に、病気におびえてながらも奮闘していた。そして愛する者の温もりや離れていても会いたい人がいる喜び、人の奥深さを発見した魅力的な人だった。今から話すのは、そんな素敵な人間の話だ」
プッペの黒目が濡れた。窓外では三羽の鳥が仲睦まじく飛んでいた。
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