ゲレート

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 ゲレートは宮島が知らない家のことをよく話してくれた。今日も仕事を終えて家に帰れば開口一番に彼は告げた。 「あまりに日差しが気持ちよかったもんで、うとうとしていたら窓際で鳥が交尾を初めてすっかり目が覚めてしまった」 「それは残念やなあ。無事子供ができるといいな」  宮島は冷蔵庫から三百五十のビールを取り出してとりあえずのどを潤した。北東向きの部屋は冬になると吐く息が白くなるほど寒いが、夏は玄関に日が当たるせいでひんやりとして過ごしやすい。たまたま開いていただけの理由だが、宮島はこの部屋が気に入っていた。だからこそ飲まずにはいられないでいた。  どっかりとソファに腰を下ろす宮島をゲレートは一瞥した。 「いつにも増して冴えない顔だな」  宮島は早くも一缶目を空にして二缶目に手を伸ばす。 「この家を出なくちゃいけんかもしれん」  二人だけの部屋に宮島の声は吸い取られて消えた。「かもしれない」と口にしたのはまだ宮島自身も理解できていないからなのかもしれない。人事から異動の話を持ち掛けられたのは今日の午後だった。 「古賀には話したのか。夜は一緒に飯を食べてきたんだろう」 「食べてはきたけど話せなかった」  心の中を見られたかのようで宮島の胸がキュッと締め付けられる。頭の中で数時間前にさかのぼる。
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