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起
「Hello, World.」
その言葉が表示されたとき、全世界に衝撃が走った。
たった二単語のほんの一文だったが、世界に確かに刻み込まれ、いつまでも消えることはなかった。
なぜなら、全世界の、ネットワークに接続されている、文字を表示し得るあらゆるデバイスに、一斉に表示されたからだ。
その言葉は、プログラミング界隈ではお馴染みの文章だった。
大抵のプログラミング言語には、最初の一歩として「"Hello, World."と表示させてみましょう」というチュートリアルがある。
その"Hello, World."だ。
当然まずはコンピュータウイルスのようなものが疑われた。
水面下で密かに感染を続け、何もせず潜んだ後、指定の期日に発動する。そんな時限式のウイルスであれば、同じようなことは可能だろう。
ただし、誰にも気づかれることなく全世界に感染を広げるのは、ほとんど不可能に思われた。
であれば、ウイルスではなく、リアルタイムに誰かがハッキングしているのだろうか。
それこそ無理な話だった。
どんなセキュリティで守られているかで、ハッキングの仕方は多様に変わる。
さらに、たかが一文の表示だろうが、どんなデバイスかによって、表示部のコントロールを奪う方法も千差万別だ。
全世界のあらゆるデバイスを同時にハッキングなど、とてもひとりの、あるいは数十人のグループだったとしても、人間に成し遂げられるものとは思えなかった。
ウイルスにしろそうでないにしろ、こんな大層な悪戯を実現させる犯人は、相当な技術と用意周到さを持ち合わせていると思われた。
送信元の特定には骨が折れるだろうと誰もがうなだれた。
しかし、それは拍子抜けなほどにあっけなく特定された。
隠れる素振りはまったくなかった。
むしろ見つけてほしがっているようにさえ思われて、それがいっそう不気味に感じさせた。
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